『パリティ』9巻,55頁(1994年)より
education
投稿:楽して講義する方法−プリントとディベートの勧め
福江 純

教育系大学の理科教育講座で,(主として天文学分野の)卒論や実験などに携わるようになって10年,講義を受け持つようになって5年ほど経った1).その間,大学の天文学として,“何を”“どのように”教えたらいいのか,ずっと悩み続けてきた(わけでもないか).前者については<天文学ミニマム>として別の場所2)で議論したが,ここでは後者について少し述べたい.
 さて,講義をしたり実験を指導すること自体,決して嫌いではないが,とはいうものの,楽なのに越したことはない.そこで(必要に迫られて?)可能な限り手を抜きつつも,できるだけ効率的×効果的に講義・実験を行う方法を編み出してきたつもりである−ま,やってる人はやってることだが.まぁまぁ成果が上がっているように思われるので,この場を借りて2点ほど紹介し,批判を仰いで,今後(20年くらい)の参考にさせていただきたい.

講義プリントを配る

 講義を受け持つようになって数年間は,ごく普通の方法で講義をしていた……講義前に講義ノートを作っておき,そのノートにもとづいて板書しながら講義する(講義中には,図や写真などを並べたプリントを1,2枚ぐらいは配る).
 この方法−講義内容を板書するので<板書形式>とい呼ぼう−は,それぞれの講義題目(『星の構造』とか『活動銀河の物理』とか『宇宙流体力学入門』とか)について,一度ノートを作れば,後は楽である.
 しかし,半期の講義を数回行ううちに,板書形式の致命的な欠点が明らかになった.大変効率が悪いのである.半年や1年ではあまり多くの内容が講義できないのだ(手抜きをしたい人にとっては,少ない材料で長時間もたせられる“利点”かもしれないが).だから,ガンガンと板書するのだが,そうすると,学生は黒板を写すのさえ付いてこれない.また1コマ/1時間半の間中,喋りながら板書するのは,これは疲れる(講義が2コマも3コマも続いた日にゃ,へろへろになる).そこで,疲れてくると,簡単な演習などの作業をはさむが,そうすると,またまた進まない.
 いろいろ模索しながら板書形式を3年ほど続けたが,講義ノートの種類も増えたので,数年前に一念発起して,<プリント形式>に切り替えた.すなわち,講義ノートを文章化したプリントを作り,講義で配るようにした(1回の講義で,A3のサイズにビッシリ書いたものが3枚くらい図が数枚くらい,併せてA3で6,7枚ほど配る).そして,講義では,重要な概念を説明したり,基本的な式を丁寧に導出することにし,プリントを読めばわかることや枝葉末節はさらっと流すことにした.その結果,予想通り,板書形式の数倍の高い密度で講義できるようになり,また演習やディスカッションに十分時間をとれるようになった.(もっとも,もともと楽して講義するつもりだったのだが,講義ノートから1科目の講義プリントを起こすだけで,夏休み全部つぶれたりするし,また重要なポイントで式を丁寧に導いていたりすると,やっぱり板書に時間もかけるようになるし,あまり楽にはならなかったような気もするが(^^;)).
 レポートのついでに,何度か(学生に)感想を書いてもらったところ,ビッシリ書いてあるのが読みづらいという声はいくつかあったものの,プリント自体はとても好評であった.
 ところで,さらに“楽をするために”,大学は自分で勉強するところだ,という大義名分のもとで,つぎのようなステップアップがあると考えている.まず講義プリントを事前に渡して自学自習を指示しておく(筆者の教えている天文学の分野では,まともなテキストがあまりないのだが2),いいテキストの揃っている分野ならテキストを指定しておいてもよい).そして講義時間は,講義プリント/テキストの内容に関する質疑応答と演習や口頭試問にあてるのである.まだ試してみたことはないが,そのうち実行してみたい.

口頭発表と討論をさせる

 それぞれの講義が有機的に結び付くカリキュラムを作ることは必要だが,一つひとつの講義は,なれればそれなりにできる.それに対して,講義よりも長年やっている割に難しいのが,実験・実習である.もちろん基本的に必要な実験・実習はどの分野でもあるだろう.たとえば,天文学の分野では,とくに教育系大学では,小型望遠鏡の扱いや夜間の観測実習などが必須的な実習で,そういうのはやっている.そういうの以外に,人数が多いため室内実習にしている科目があり,そのやり方がなかなか試行錯誤なのである.
 従来は,毎回,天文学の演習書3)からこちらで適当な課題を選び(たとえばハッブルの法則),実習の最初にそのテーマについて説明して(ビッグバン宇宙の話など),残りの時間でそのテーマに関する実習作業(観測データからグラフを描いてハッブルの法則を導くなど)を行っていた.
 これはこれで,タネ本とする演習書もあるし,楽は楽なのだが,やはりだんだん欠点が目だってきた.まず,毎回一つのテーマだけなので,あまり多くのテーマが扱えない(演習の回数も1/4年しかないし).またこちらから(画一的に)テーマを指定するため,そのテーマに興味を持てない学生がいる.さらに,テーマについて説明したり演習したりする“実習”だと,“講義”との違いがあまりないし,学生の側も受身になってしまうので,イマイチ盛り上がらない.だいたい,何年も同じようなテーマを課していると,こっちが飽きてしまって,あまりおもろない.
 10年近くやって少しマンネリ化してきていたので,2年ほど前から,ガラっと方式を変更してみた.随分前にグループ発表をしたら,かなり盛り上がったことがあったので,その方向を徹底して,発表と討論のトレーニングの場としてみたのである.すなわち,原則として2人の組をつくり(一人でもOKとしたが,責任を明確にするために2人以下という制限をつけた),@各自で好きなテーマを選び,Aそのテーマについて事前に調べ,B簡単なレポートにまとめておき,C全員の前で発表し(毎回5組ぐらいできた),D全員からの質疑応答を受けて討論する(議論をプッシュするためにポイント制とした),というシステムにしてみた(表1は最初の時間に配った説明プリントである).
 まるで小学校か中学校の授業みたいだが,これが案外うまくいった.

 具体的に学生が出したテーマの例を並べてみる(1993年度の例):
 ・星座の配置とギリシャ神話
 ・潮の満ち干きはどうして起こるのだろうか
 ・オゾン層を破壊しても大丈夫か
 ・オーロラ
 ・太陽系はどのようにできたか
 ・連星の質量を求める
 ・ブラックホールの誕生
 ・ブラックホールは存在するのか
 ・宇宙ジェット
 ・謎のダークマターを追って
 ・ニュートリノの質量の有無について
 ・地球を粉々にする隕石はいつ落ちてくる
 ・恐龍の絶滅した理由
 ・スペースコロニーに降る雨
 ・第2の地球は存在するのだろうか?
 ・月と殺人
 上記の演習書を参考にしたものも半分くらいあったが,こちらが思いもよらなかったテーマも出てきた.また非常に広いスペクトル範囲にわたってテーマが散らばっており,驚くほどダブらなかった.

 さらに最後の時間に書いてもらった感想の例を示す(採点には無関係ということで,無記名で,よかったこと悪かったことなど好きに書いてもらった).
 ・論文発表?形式の授業は,はじめてだったので,すこしとまどった.でもみんなががんばって調べていたし,わりとかみくだいて発表してくれていたので,わかりやすいのもあったし,すごく良い授業だった.……
 ・おもしろかったです.自分の知りたいことについて調べることができたのがまずよくて,他の人の天文学というものに対する視点が自分とちがうということが分かったこともとてもおもしろかったです.人を評価するということは難しかったです.
 ・あまり興味のもてない話をただ聞いているよりも,ずっとおもしろかったです.……何か質問しなければ,という緊張感のために,余計に熱心に発表がきけました.
 ・いつも行われている講義形式とは違って,このような発表形式で授業が行われたので,活気があったと思うし,実際ぼくもリフレッシュした気分で取り組めたように思う.……
 ・テーマを決めるのが難しいと思った.
 ・……人に説明しようと思うと,やっぱり自分自身がよく分かっていないといけない.みんなそれぞれ上手く発表できていたということは,それぞれそれなりに熱心に調べて勉強したのだと思う.
 ・……2人ずつ調べるという形式も,お互いにしっかりしらべなきゃならないという点で,とても適切だと思いました.
 ・1〜2人で授業を進めているというシステムは,最初は悪いイメージばかりで,あまり良い印象を持ちませんでした.しかし実際に授業が開始されると,思っていたものよりずっとよい授業展開だったので,今まで抱いていた嫌悪感はどこかへ飛んでいきました.発表するときは何かと大変ですが,それ以外は楽しくて色々勉強になる授業でした.ただ発表を細かくポイント制にするのはどうも好きになれませんでした.ポイントを書かせるのではなく,感想だけで十分だったと思います.
 ・……みんなのまとめ方や発表の仕方など,いろいろ変化があっておもしろかったです.適度な緊張があってよかったです.
 ・みんなそれぞれ違ったテーマをもちよって自分自身の意見をのべるといった,聞いてて楽しい授業であった.また,宇宙に対する興味,関心,知識を深める上でも,大変効率的でもありました.そして先生の補足説明が,質問に対する回答者の精神的負荷を和らげてくれました.
 ・……もう少し,質疑応答,討論の方も本格的にやれたらよかったと思う.対立する意見を二つに無理やり分けて,それを弁護し合うというようなことをしてもおもしろいと思う.

 タイマーをやったり座長をやったり補足説明をしたり,なかなか忙しいものがあるが,聞いてて楽しかったし,また学生も結構楽しんでくれたようだ.とくに討論のトレーニングはもう少し本格的にやりたいものである(大学も含め学校教育で討論がほとんど皆無であるというのは,よく知られているように,日本の教育の困った問題だが).

 いま流行りの理工系離れ……研究も教育も,本来はとても楽しいもののはずだ.(もちろん危険で注意を要する実験なんかは別だが)せめて室内実習ぐらい,スタッフも学生も楽しめるお気楽なものにしたい.お茶をしながら実習というのもいいなぁ,と思っている最近である.

1)講義などの具体的内容については,天文月報,86巻,第2号,75頁参照.
2)福江 純,日本天文学会1994年春季年会Z02Pなど
3)横尾武夫編『新・宇宙を解く』恒星社厚生閣(1993年)