『パリティ』10巻,73頁(1995年)より
理科教育:パソコンで学ぶ天文学
福江 純

 締め切りを一ヶ月よけいにもらった。忙しかったせいもあるが、「パソコンで学ぶ天文学」!? こりゃなかなか書きにくそうだなぁ、と感じたためもある。どんなことができるかを書けばいいのだろうか? パソコンを用いた場合の利点を書けばいいのだろうか? 具体的な実践例もあった方がいいのか? ソフトの紹介もいるのか? と、いろいろ考えた挙げ句、とりあえず全部テンコ盛りにしちゃった。

■用途:何ができるか?
 まず、できることをざっと並べてみよう。

簡単グラフ描きツール:
 数式が解けている場合、ほんの数10行程度の短いプログラムを書くだけで、遠心力を含めた有効ポテンシャル、惑星の大気構造、双極磁場、連星のロッシュポテンシャルなどなど、さまざまなグラフを簡単に描くことができる。電卓片手にグラフ用紙にチンタラチンタラ描いていた時代があったなんて、もう信じられない*1。

数値計算ボックス:
 主系列星の内部構造を表す微分方程式(エムデン方程式)を数値的に解く課題を出すと(電卓でわりと簡単に解ける)、最近はパソコンで解いてくる学生が多くなってきた。黒板に描いたヘロヘロ楕円をもとに惑星運動の説明に百万言費やすより、運動方程式を数値計算して軌道を演示する方が、一目瞭然ではるかに印象的である*2。
 微分方程式を解くだけでなく、銀河の後退速度の観測データから最小自乗法でハッブルの法則を求めたりする統計解析にも(図示を含め)バンバン使える。高速フーリエ解析を使えば、太陽黒点数の増減や変光星の光度曲線などの周期解析も簡単にできる。

シミュレーションマシン:
 きょうび、超新星爆発の球対称衝撃波の伝播ぐらいならパソコンでもラクラクだ。ただし空間1次元のシミュレーションは、表現が単調で、やや面白味に欠ける。シミュレーションをする以上は、演出効果を考えて、せめて2次元の絵が出てくるようなものをしたい*3。
 また非軸対称ポテンシャルのもとでの銀河渦状腕の形成や銀河衝突によるリング銀河の形成など、恒星系のシミュレーションも、まぁまぁできる*4。ただし粒子の数が増えると(あるいはN体の重力をもろに計算する場合も)リアルタイムで表示するには少し重いので、一晩走らせて作成したデータをステップごとにセーブしておき、後でアニメーションにするなどの工夫が必要である。

データ処理マシン:
 星など天体データを表示して簡易プラネタリウムするのは、パソコンの得意技で、きわめて天文向きの利用法でもある。実際、市販のソフトもこの手のものがもっとも豊富だ(<表1>参照)。また最近では、CD-ROMなどの形で大量の天文データが流通している。それらを用いれば、HR図の作成や宇宙の大規模構造の表示など、従来だと、方眼紙に向かって辛気くさい無味乾燥な(そして天文学的にはほぼ無意味な)作業を長時間続けなければできなかったようなことが、簡単にできるようになった1)。

画像表示・アニメーション装置:
 天体画像の表示やシミュレーション結果の動画などもモロ天文向けである。静止カラー画像1枚で0.128Mぐらい食うので(保存や取り出しなど)従来はしんどいものがあったが、CPUの性能向上やHDDやCD-ROMといった大容量記憶装置そして画像圧縮技術によって、この数年、ぐっと普及してきた。画像ファイルの形式にはいろいろあるので、バリアが大きい場合は抵抗の小さい方面から入るといいだろう2)。
 画像の入手方法も、天体写真をスキャナで取り込んだり、VTR画像やシミュレーション画像を落としたり、さらにはネットワークから引っ張ってくるなど、さまざまである*5。

ネットワーク端末:
 情報通信自体もパソコン利用の一文化形態になってきた。取り立て新鮮情報が、リアルタイム・オンラインで届くのはたまらない魅力である*6。NIFTY-Serveのスペースフォーラムやインターネットのニュースなどをたまに覗いてみると、天文学に対してきわめて多数の人が関心を寄せていることがわかる*7。

ゲーム・パズル機:
 科学的研究は一種の高度な謎解きだし、人間関係だってある種のゲームのようなものだ。だからパソコンゲームやパズルは人間の本性に根ざした利用形態だと思う(しかし学者にはお堅い方が多くて、パソコンゲームとなると眉を顰める人も少なくない)。最近、RPG方式*8でパソコンを学ぶ本が出ていたが、ああいう感じで天文学が学べたら、と痛切に思う。教育目的では、まだあまりに未開拓な分野だが、ファミコン世代の若手を中心に<SFアニメ的テレビゲーム風天文教育用パソコンソフト>なんてのが、きっとできるだろう。

その他:
 Windowsの壁紙に天体画像はよく似合う*9。音楽などにも使える。これらは天文学を学ぶ環境をよくするのに役立っている。

■効能:パソコンの利点
 以上の用途で効能もほぼ出尽くしているだろう。要は、コンピュータの得意とする高速計算や大量データ処理が上手く使えることだが、教育目的としては表現方法:エンターテイメント的な要素を持ったプレゼンテーションもきわめて重要である*10。すなわち、何万色も使ったカラフルな画面が手軽に出せる、ごく一部でもいいから何かアニメーションできる、音楽やさらには音声も出せる、そして(一方通行ではなく)インタラクティヴにできる、などなどだ。
 これらの効能の結果、従来は、根気のいる作業や数式の山の背後に隠れていた宇宙のワンダーランドを、いまや楽しめながら学べる環境となってきた。いい時代に生まれ合わせたものだと思う。

■実例:実践例というよりは
 この10年ぐらい、いろいろな現場で経験してきた例をいくつか述べてみよう。

高校での例:
 大阪府や兵庫県の高校で、「ブラックホールの世界」と題した講義などで、天文ソフトを使ったことがある。うーん、はっきり言って、あまり成功したかどうかは自信がない。パソコンを演示のために使うときは、指導者の力量がすべてだ(パソコンだけに限らないか、これは)。逆に言えば、指導者が努力すれば、大変効果的なレクチャープログラムになるだろう。

大学で:
 うちの大学では、理科系の学生向けの情報処理実習や地学実験・講義の中などでよく利用している。情報処理実習では設備の関係で(よーするにソフトが買えなかったため)BASICを教えていた数年前、(英作文をする段階で英語が苦手になるのと同様に)プログラムを組む段階でコンピュータが嫌いになる学生が多いことに気づいた。そこで、黒体輻射や軌道運動など、プログラムは与えて、その解読と修正をするという方法を採ったことがある。とりあえずはプログラムが動くし絵も出るので、受け入れやすかったようだ*11。
 学部3回生向けの地学実験では、やはり自由課題として、CD-ROMの天文データを用いた実習をしたことがある1)。パソコンに親しむためには、オモチャとして好きにいじれるパソコン(やアドバイスしてくれる上級回生)が周辺環境に揃っていることも重要なことがわかった。
 卒論や修論ではもちろんパソコンをガンガン使うが、これらはむしろ研究利用に近いから省略する。

社会教育の現場:
 いまちょうど兵庫県伊丹市の生涯学習センターで全5回の講座をやっている最中である。そのセンターでいままで利用していなかったパソコン室を使いたいということで、とくにソフトの指定(自分たちのものですが)もあった。いままで使ったことがなかったが、いや、ほんととてもよくできてると思った(自分の作ったのじゃなくて、共著者の方が作ったものがですが。サンクス>藤原さん・岡田さん・田中さん)。寝てる人もいないし、質問もタジタジのものが飛び出るし、受講者は一番熱心だったりする。また室内LANが張られていて、演示者の画面がそのまま受講者の前のモニタに映るし、大学よりかはるかに使いやすい(やはりお金をケチってはいけない)。

個人として:
 時間に余裕があるときには、研究目的や教育目的というより、むしろ趣味的にいろいろなプログラムを組むことも結構あったりする。ブラックホールのまわりの時空間を視覚化したり、スターボウを視覚化したり、地球内部のブラックホールの運動を追跡したり、画像が出てきたときには、オォーと(口に出したわけではないが)思ったものである。目で見える形にする効果は絶大だ。また、自分の趣味に使う場合には、ホントに“好きこそものの上手なれ”で、いつの間にか自然に学べる点がいい。

■軟物:市販ソフトの例
 職業柄、市販のソフトを目にする機会も少なくない。とは言うものの、ソフトが質・量ともまだまだ貧弱すぎるのが現状である(<表1>参照)。プラネタリウム的なものは多いが、天文学的にちょっと突っ込んだ内容のものとなると、ほとんど皆無である。
 物理・化学などでは結構いろいろな教育用ソフトが出ているのを思うと、天文のソフトが少ないのは残念だ(市場が小さいのも理由の一つではあるが、基本的には天文学研究者の無知と怠慢のせいだ)。
 天文学の場合、いわゆるセンス・オブ・ワンダーと結び付けやすいし、また天文学はアバウトな学問なので、いろいろと冒険もしやすい。若き天文学者の奮起を促したい。

     ・・・

 最後に、これだけは注意しておきたい。研究・教育のような思考の道具としてパソコンを利用するときには、道具そのものを研究するのでない限り、あくまでもパソコンは便利な道具、無限の可能性を秘めた魔法のランプだと考えるべきである。使いこなせなくて道具に振り回されては元も子もないし、もっと怖いのは道具そのものに溺れて(ドラッグして)しまうことだ*12。……絶対にハマルとわかってたから長いこと手を出さなかったのに、必要に迫られて始めた電子メールに予想通りしっかりドラッグされネットワーカーになってしまった人間が、ここにいる。

参考文献
1)CD-ROMデータを使った実践結果については、酒造晃子他『天文月報』1994年9月号391頁、田島由起子他『天文月報』1994年10月号441頁を参照。
2)たとえば、一条真人『フリーソフトライブラリCGコレクション@いつもいっしょ★』(秀和システム、1994年)あたりとか。
[ふくえ・じゅん、大阪教育大学]

注:
*1黒体輻射のスペクトル図なんかは、すぐ桁落ちやオーバーフローを起こすので、数値誤差を学ぶにも適している。
*2惑星運動をよりリアルに表すために固定時間刻みにするか、中心付近の精度を上げるために可変時間刻みにするかは、ちょこっと悩むところだ。
*3かくいうぼく自身は、まだ試したことがないが。
*4かつてトゥームァ兄弟がメインフレームを駆使して行った銀河衝突のシミュレーションが、いまやパソコンでちょろっとできるのだから、すごいと言えばすごい。
*5NIFTY-ServeやPC-VANなどパソコンネットには随分たくさんの天体画像がアップされているし、インターネット環境があれば世界中から画像が取り寄せられる。
*6たとえば、7月に木星に衝突したシューメーカー・レビー彗星でも、ネット上で情報が頻繁に飛び交っていた。
*7もっとも、自宅からだと電話代が莫迦にならないが・・・
*8ロールプレーイングゲーム:勇者・戦士・魔法使い・僧侶・遊び人など、さまざまなキャラに扮し(チームを組んで)、あるときはモンスターや小ボスを倒しながら経験値を積みゴールドを稼ぎ、あるときはアイテムを探して謎を解き、冒険を続けながらだんだんレベルアップしていってついには最後のボスをやっつける(最後の謎を解きあかす)というのが、基本パターンのゲーム。
*9ぼく自身はアニメのCGを使っていたりするが。
*10最近、Edutainment(=Education+Entertainment)という造語を知った。
*11ちなみに、今年は、パソコンを道具に徹して、各自好きなテーマを立てさせた。その結果、まだ採点していないのでちゃんと数えていないが、半分がワープロで小説や日記を書いたりし、1/3ぐらいが表計算で家計簿を付けたりして、数値計算やCGをテーマに選んだのはほんの数名の経験者だった。なおブラインドタッチだけはテストした。
*12ランプを擦って磨くことばっかりに熱中して、火を灯すという本来の目的や、魔人さえも呼び出せるという可能性を忘れては困るということ。

<表1>市販されているソフトの例
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ソフト名     著者/出版社   定価  コメント
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Stella Navigator アストロアーツ 19800円 定価が高いのにバカウレしたと
         アスキー         きくプラネタリウムソフトの定番
はじめての天文学 アスキー    3980円 初心者向けの天体観望ソフト

メシエ天体ガイド 根本泰人他    6800円 名前通りメシエ天体の一覧ソフト
アスキー
ほしはすばる   京都天体物理研究所 10000円 すぐれもの天文シミュレーションソフト

宇宙の旅     福江 純他    4200円 (現代)天文学全般が対象
アスキー
SPACE CRUISE   小暮智一他   8800円 星の一生を中心にしたもの
         アスキー
ブラックホールの世界  福江 純     2500円 プログラムは別売というずるい本
恒星社厚生閣
遥かなる宇宙へ  日本天文学会企画・監修 2000円 木曾観測所の天体写真
         日経BP出版センター      Windows壁紙集(CD-ROM)
Planet Harmony ダットジャパン  12800円 惑星運動のシミュレーションソフト
                      Windows版(CD-ROM)
Celestia     日本天文学会監修 8900円 天文学会監修ということで、
         日立APS          学会内部に議論を巻き起こした
                      “話題”のソフト(CD-ROM)。
                      モーフィングなど高度な技が
                      使ってある。
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注)以上のものは、実際に見たことがあるものだけ。FMシリーズ用やDOS/Vマシン用など、他にもいろいろある(スカイウォッチャー1994年5月号に特集がある)。