ブリティッシュ作戦


I3.JXW 1992 1028, 1104, 1121, 1213

宿題 ブリティッシュ作戦−コロニー落しの力学 The British Operation

1 空が落ちる

 宇宙世紀0079年1月3日7時20分,ジオン公国軍は,地球連邦政府に対し宣戦布告をした(宣戦布告から攻撃開始までわずか3秒間しかなかったことから,後に「3秒間の布告」といわれた).そしてこの一方的な宣戦布告と同時に,サイド1,2,4に奇襲攻撃を敢行し,それらのサイドのコロニーを全滅させた.さらにコロニー攻撃と平行して,ジオン公国は国力の少ない自国に勝利をもたらすため,空前絶後の計画を実行に移した.俗にいわれる“コロニー落し”である.
 1月4日21時30分,L4のサイド2の第8号コロニー・イフィッシュは,取り付けられた核パルスエンジンによってL4から離され,月を半周して地球へ落下する軌道に乗せられたのである(図1).コロニーは南米大陸の連邦軍本部ジャブローを直撃する計画だった.地球連邦政府に大打撃を与えるはずのこの作戦は,植民地(コロニー)を失ってその力を弱めた大英帝国になぞらえて,「ブリティッシュ作戦」と名づけられた.
 連邦宇宙軍の迎撃にもかかわらず,コロニーは予定の進路を進み,ついに1月10日8時27分,大気圏へ突入した.予定通りなら40分でジャブローに落着しただろう.しかしながら,宇宙空間での戦闘で劣化していたコロニーは,ついにアラビア上空で崩壊してしまう.そしてその結果,コロニー前半部は,オーストラリアのシドニーへ落下してオーストラリア大陸の16%を水没せしめ,他の部分は四散して各地に被害をもたらしたのである.
 アイランド・イフィッシュは,直径6.4km全長40kmの円筒型スペースコロニーで,質量は100億トン近くもあり,地球の脱出速度に近い秒速11kmの速度で落下した.このコロニーの落下によって解放された全エネルギーは,広島型原爆300万発分,TNT火薬で60000メガトン分にものぼり,コロニー前半部が直撃したシドニーには,直径500kmのクレーターが生じた.コロニー落下によって地球の自転速度さえ変化したのである(1時間あたり1.2秒加速).
 この“コロニー落し”を目撃しかつ生き延びた人々は,まるで空が落ちてくるようだったと述懐している.いや,フォウ・ムラサメのように,その経験が深刻なトラウマになった人間さえいる.
 一年戦争において,1月3日の開戦から1月10日のコロニー落下までの戦いを,とくに「一週間戦争」と呼んでいる.
 ちなみに,ブリティッシュ作戦で行われたようなコロニー落しは,その後もたびたび行われている.ざっと並べてみると,
 UC0083;デラーズフリートによって,再生計画中のアイランド・イーズが略奪され,北アメリカの穀倉地帯に落とされる
 UC0087;ティターンズが月面都市グラナダにコロニー落しをかけるが失敗
 UC0088;ハマーン率いるネオ・ジオンがダブリンに落としている
 UC0093;シャアを総帥とするネオ・ジオンによって,5thルナが,そのとき連邦軍本部のあったチベットのラサに落とされる(地球寒冷化計画)
UC0093;地球寒冷化計画の完遂のために,小惑星アクシズの落下を試みるが失敗

 さてこのコロニー落し,アイランド・イフィッシュの質量が100億トンだったとしても(オニールの計算ではコロニーの質量は3000万トン程度),その落下によって直径500kmのクレーターができるというのは,少し見積りが大きすぎるようだ.せいぜい数十kmではないかと思う.まあそれは置いといて,ここではおまけとして,コロニー落しの力学について少し考えたい.

2 コロニー落しの力学

 簡単のために,最初ラグランジュ点にあったスペースコロニーが,適当な初速度を与えられて,ラグランジュ点から離されたとしよう.そしてその後,コロニーは,地球や月の重力を受けながら,地球へ向けて自由軌道を落下していったとする.まずこのコロニーの運動方程式を立ててみよう.

2.1 運動方程式
 地球の質量をM1,月の質量をM2とし,地球と月は系の重心Oのまわりを角速度Ωで公転しているとしよう(図2).簡単のために公転軌道は円軌道とする.この地球−月系の空間に存在する質量m(<<M1,M2とする)のコロニー(テスト粒子)にどんな力が働いているかを考えてみよう.
 地球も月も動いているので,慣性系からみると周囲の重力場は時々刻々と変化している.そこで問題を扱いやすくするために,公転と一緒に回転する座標系に乗って考えよう(図3).公転と同期した座標系では地球と月の位置は変化しない.ただし回転系に乗ったために,コロニーには,地球と月からの重力以外に,非慣性力として遠心力が働くことになる.
 図3に示したように,地球の中心からコロニーへの位置ベクトルをミ1,月の中心からコロニーへの位置ベクトルをミ2,そして重心すなわち公転の中心からコロニーへの位置ベクトルをミとすると,コロニーの運動方程式は,ベクトル的に,
d2ミ GM1mミ1 GM2mミ2 ミ
     m鴉 =−鴉鴉 −鴉鴉 +mrΩ2 (1)
dt2 r12 r1 r22 r2 r
と表すことができる(『新・宇宙を解く』参照).右辺の第1項は地球からの重力,第2項は月からの重力で,第3項は回転系の乗ったために働く遠心力を表す.
地球−月間の距離をaとして,ケプラーの第3法則:
G(M1+M2)
     Ω2=鴉鴉鴉鴉鴉鴉 (2)
a3
を用いれば,(1)式から公転の角速度Ωを消去できる.さらに全体をmで割れば,(1)式は,
d2ミ GM1 ミ1 GM2 ミ2 G(M1+M2)
     鴉 =−鴉鴉驕| −鴉鴉驕| +鴉鴉鴉鴉鴉鴉鴉ミ (3)
dt2 r12r1 r22r2 a3
となる.
 さらに図3のように,共通重心を原点とし,月の方向をx軸とする直角座標(x,y)を用いて成分を書き下すと,
d2x du  GM1 x+a1 GM2 x−a2 G(M1+M2)
     鴉 =鴉驕=|鴉鴉 鴉鴉鴉驕|鴉鴉 鴉鴉鴉驕{鴉鴉鴉鴉鴉鴉驍 (4x)
dt2 dt r12 r1 r22 r2 a3
d2y dv GM1 y GM2 y G(M1+M2)
     鴉 =鴉驕=|鴉鴉驕| −鴉鴉驕| +鴉鴉鴉鴉鴉鴉驍       (4y)
dt2 dt r12 r1 r22 r2 a3
と表せる.ただしここで,(u,v)は速度のx,y成分である.またa1,a2は,全系の重心から地球,月それぞれの重心までの距離で(a=a1+a2),重心の定義から,
   M2 f
     a1=鴉鴉鴉鴉驍=鴉鴉驍 (5)
M1+M2 1+f
M1 1
     a2=鴉鴉鴉鴉驍=鴉鴉驍 (6)
M1+M2 1+f
となる.なお質量比を,
     f=M2/M1 (7)
とおいた(地球と月の場合は,f=0.0123).最後に,原点からコロニーまでの距離r,地球からコロニーまでの距離r1,月からコロニーまでの距離r2は,それぞれ,

     r=浮2+y2 (8)
 
     r1=普ix+a1)2+y2 (9)
 
     r2=普ix−a2)2+y2 (10)
である.

2.2 数値計算
 具体的に数値計算するためには,2章などでも行ったように,上の(4)式を連立1階微分方程式に分解して解くことになる.また物理量の単位としては,長さの単位として地球と月の距離a(=3.8×105km)を,時間の単位として月の公転角速度Ωの逆数1/Ω(=4.3日)を取る.このとき,たとえば速度の単位は,月の公転速度aΩ(=1.03km/s)になる.その結果,運動方程式は,
dx
     鴉驕≠ (11a)
dt
du   1 x+a1 f x−a2
     鴉驕=|鴉鴉 鴉鴉鴉驕|鴉鴉 鴉鴉鴉驕{x         (11b)
dt 1+f r13 1+f r23
dy
     鴉驕≠ (11c)
dt
dv  1 y  f y
     鴉驕=|鴉鴉 鴉驕|鴉鴉 鴉驕{y       (11d)
dt 1+f r13 1+f r23
のように表せる.
 でもって,ラグランジュ点L4で適当な初速度(大きさと方向)を与えて,コロニー落しを敢行してみたのだが,あまりうまくアイランド・イフィッシュの落下を再現できなかった(図4).たとえば無次元化した初速度の大きさを0.3,x方向から測った初速度の方向を320.1°として計算したのが,図4aである.月の裏側を通る軌道はよさそうだが,残念ながら,地球に落下するまで17日もかかってしまう.また初速度の大きさを0.7,方向を310.29°として計算したのが,図4bである.この場合もまだ時間がかかりすぎる.ブリティッシュ作戦は6日で終了させなければならないのだ.落下時間を短くするためには初速度の大きさを大きくすればいいのだが,さらに初速度を大きくすると,月に落下してしまったり,あらぬ方向へ飛んでいってしまったり,なかなか地球に落ちてくれない.
 まあ,結構微妙な計算だということもあるが,初期条件の取り方にも少し問題があるかも知れない.すなわち,ここでは簡単のために,コロニーは最初ラグランジュ点にあると仮定しているが,実際は,ラグランジュ点をまわる軌道上からスタートすべきだろう(1章参照).また初速度だけを与えてラグランジュ点から動かしているが,ブリティッシュ作戦では,核パルスエンジンによってある程度の期間加速され,また微妙な軌道調整が行われたはずである.
 以上のような問題はあるが,うまいパラメータを選べば,ブリティッシュ作戦が再現できるかも知れない.プログラム
     <BRITISH>
を走らせて,いろいろなパラメータで挑戦してみて欲しい.また腕に覚えのある人は,初期条件や計算精度などの改良も試みて欲しい.これらは宿題として残しておきたい.

参考文献

『宇宙翔ける戦士達/GUNDAM CENTURY』(OUT9月号増刊)みのり書房(1981年) 『機動戦士ガンダム大事典 一年戦争編』(ラポートデラックス)ラポート株式会社(1991年) 『機動戦士ガンダムMS大図鑑【PART.1 一年戦争編】』(EB.1)バンダイ(1989年) 『機動戦士ガンダム戦略戦術大図鑑〜一年戦争全記録』(EB.39)バンダイ(1991年) 横尾武夫編『新・宇宙を解く』恒星社厚生閣(1993年)37節


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