「重力エネルギーで輝く“星”−天界のエネルギー革命−」
『日本エネルギー学会誌』72, 15 (1993)
(キーワード クェーサー,活動銀河,降着円盤,ブラックホール,重力エネルギー)
大阪教育大学 福江 純
(フロッピーのデータから復元しており, 実際に掲載されたものとは少し違うと思います)

1 天界のエネルギー源

 われわれが日常の世界で利用しているエネルギー源は, よく知られているように,化学エネルギー,重力エネルギー, そして原子核エネルギーである. すなわち,火力発電所では物質の燃焼(化学反応)によって生じる 熱エネルギーを発電に利用しているし, 水力発電所では水を落下させたときのエネルギー (位置エネルギー/重力エネルギー)で発電し, さらに原子力発電所では核分裂のエネルギーで発電している.
 一方,宇宙で光っている星のエネルギー源は核融合反応である. そのことが,1920年代に明らかにされて以来,半世紀にわたって, 天界の主要なエネルギー源は核反応であるというのが, 天文学のドグマと化していた. しかし最近になってこの“常識”がゆらぎつつある. 人間界より一足早く,天界にエネルギー革命が起こったためである.
 本稿では,重力エネルギーを利用して輝いている天体 <降着円盤>について紹介したいが,まず最初に,太陽を例にとり, 従来の“常識”を復習しておきたい.

2 エネルギー源の効率

 宇宙の基本的な構成員である星のエネルギー源は, 中心部で生じている核融合反応である. が,エネルギー源の候補としては,他にも, 化学反応や重力エネルギーの利用などいろいろ考えられるだろう. そこで,エネルギー源の効率(efficiency)いう観点から, 星のエネルギー源の候補として, 化学エネルギー,重力エネルギー,核エネルギーを比べてみる.
 太陽を例にとってみると,太陽質量Msol,太陽光度Lsol, そして太陽の年齢τは,それぞれ,
     Msol=2.0×10^30 kg
     Lsol=3.9×10^26 J/s
     τ =46億年
である. これらからまず,太陽が生まれて以来その明るさがあまり変化してないとすると, 今まで放出してきた総エネルギ−量Esolは,
     Esol=Lsol×τ=5.7×10^43 J
ぐらいになる.また太陽の物質の全エネルギーは,
     Msol×c^2=1.8×10^47 J
程度である(cは光速). したがって,全放出エネルギーの全物質エネルギーに対する比 (エネルギー変換の効率)ηsolは,
     ηsol=Lsol×τ/Msol×c^2=0.000315
となる. 太陽/星のエネルギー源としては, ηsolより効率のよいものでなければならない.

(1)化学エネルギー

 われわれが日常生活で使用しているのは, 原子や分子の結合エネルギーいわゆる化学エネルギー(chemical energy )である. 例えば,1kgの石炭を完全燃焼させれば5000−8000kcalの熱が 発生するし,また1kgの灯油の発熱量は約10000kcalである. 1kcal=4200Jを使って換算すると,4.2×107 Jとなる. これを1kgの物質のエネルギーで割ると, 化学反応におけるエネルギー変換の効率ηCが得られる. 化学反応の効率は,
     ηC〜5×10^-10
となる. すなわち化学反応で発生するエネルギーは, 星のエネルギー源としては小さすぎて,問題外である.

(2)重力エネルギ−

 もし質量Mの天体が,無限遠から半径Rの大きさまで重力収縮したとすると, 単位質量当りの重力エネルギー(gravitational energy)は−GM/Rなので, 全体ではおよそ,
     GM^2/R
の重力エネルギーが解放される. 一方,質量Mの物質のエネルギーは,光速をcとすると,
     Mc^2
なので,重力エネルギーの効率ηGは,
     ηG〜GM/Rc^2
となる.この式に太陽の質量と半径を入れると,
     ηG〜2×10^-6
となる. すなわち,太陽のエネルギー源としては,重力エネルギーは効率が悪すぎる (ただし生まれたばかりの原始星や白色矮星などでは重力エネルギーは 重要である).

(3)核エネルギ−

 最後に核反応エネルギー(nuclear energy)を考えてみよう. 水素原子がヘリウムに変換する反応では, 4個の水素原子Hが1個のヘリウムに変換する:
     4H→He+エネルギー.
水素の原子量は1.0079,ヘリウムの原子量は4.0026なので,この過程で,
   4×1.0079−4.0026=0.029
だけ質量欠損が生じる.あるいは水素原子1個あたり,
     0.029/4〜0.007
の質量欠損が生じる.したがってこの場合,核融合反応の効率ηNは,
     ηN=0.007
である.これは太陽/星のエネルギー源の効率として十分である.

3 謎の天体クェーサー

 第二次世界大戦後,電波天文学が発達すると共に,天空を組織的に調べて, 電波源のカタログを作成する作業が開始された. たとえばイギリスのケンブリッジ大学からは,1959年に, 3Cカタログすなわち第3ケンブリッジ電波源カタログが発表された. 3Cカタログでは,天球上で赤緯−25°から+70°の範囲で, 周波数159MHzで電波強度8Jy(ジャンスキー)以上の天体が 471個リストアップされている. 観測家はこれらのカタログをもとにして, 光で見える天体との同定作業を行っていくのである.
 そして1960年,アメリカのマシューズとサンデージは, パロマー山天文台の5m反射鏡を使って, 3Cカタログの第48番目の登録天体3C48の位置を調べたとき, そこに16等級の“星”があることを突き止めた. この“星”は,普通の星に比べて非常に青く,明るさが急激に変動するし, 尋常ではなかった.
 早速,グリーンスタインによって,3C48のスペクトルが取られたが, それはまったく異質なものだった. すなわちスペクトルにはいくつかの幅の広い輝線が存在していたのだが, そのような輝線はいままで他の星ではまったく見られたことのないものだったのだ. あくまで3C48が特別なタイプの星だと考えたグリーンスタインは, それらの輝線が重元素によって形成されたものだと結論づけた.
 やがて1962年,別の強い電波源3C273が,ハザードらによって, やはり13等級の“星”に同定された(図1). そして1962年も押し詰まった12月, カルテクのマーチン・シュミットがこの“星”のスペクトルを撮影したのである.

図1:クェーサー3C273

 3C273のスペクトルにもやはり不可思議な輝線が何本か見つかった. そして1963年の2月になってシュミットは,これらの輝線が, 水素の出すバルマー線と呼ばれる輝線であることに気づいた. ただし,3C273のスペクトル線は, 普通の位置から16%も赤い方にずれていたために簡単にわからなかったのである. このこと,すなわち3C273が0.158もの赤方偏移を持っていることを そのまま受け入れれば, 3C273は,光速の16%もの速度で遠ざかっている, 約25億光年も彼方の天体だということになる. クェーサーの発見であった.
 時を置かず,最初に発見された3C48も同様な天体であることがわかった. 3C48にいたっては,0.367もの赤方偏移を持っていた. 3C48を銀河系内の星と同定したグリーンスタインは, シュミットの発見を聞いて天を仰いだという.
 3C273や3C48のように, 光で見ると星のような点状の天体として見えるが, スペクトルには強い輝線が存在し, しかもそのスペクトル線が非常に大きな赤方偏移を示す天体を, 今日,クェーサー(quasar)と呼んでいる.
 問題は,クェーサーが明るすぎることだった.
 たとえば3C273の場合,3C273の見かけの明るさ(13等級)と 赤方偏移から見積った3C273までの距離(約25億光年)から, 3C273の放出しているエネルギーを計算すると, 毎秒10^40Jぐらいになる. 一方,普通の銀河から放出されているエネルギーは, 毎秒10^38J程度にすぎない. すなわち3C273は普通の銀河より100倍も明るいのだ.
 しかもクェーサーはこのような莫大なエネルギーを ほんの1光年程度のきわめて狭い領域から放射しているのである.
 1963年に発見されて以来,クェーサーのエネルギー源は大きな謎だった. それを解決したのが,超大質量ブラックホールとそのまわりの降着円盤 というモデルなのである.
 なお,クェーサーを代表とする, 中心核がきわめて活発に活動している銀河のことを,現在では, 活動銀河(active galaxy )と総称している.

4 クェーサーのエネルギー源

 クェーサー/活動銀河は非常に明るい. それも電波からX線にいたる全ての電磁波領域で明るい. さらにその明るさが,時間的に変動する. これら二つの大きな特徴から, クェーサーの中心に存在するであろうエネルギー源に対して, いくつかの制約が課せられる.

(1)放出エネルギーの大きさ

 活動銀河から放出される全エネルギーEは,活動銀河の光度をL, 年齢をτとすると,
     E〜Lτ
程度である.
 このうち光度は,直接観測される明るさと赤方偏移すなわち距離から 見積ることができた. 個々の活動銀河によって異なるが,比較的明るい場合の数値として,
     L=10^40 J/s
を採用しよう.
 一方,寿命は,活動銀河のまわりに見られる電波構造の広がりを 光速で割って見積る. すなわちクェーサーなどのまわりには,しばしば二つ目玉電波源と 呼ばれる電波構造が広がっているのだが, その電波源の原因は活動銀河の中心にあり, 活動銀河が活動を始めたときから電波源がある速度で広がりはじめ, 現在にいたっていると考えるのである. 電波源の広がる速度がわからないので光速で割るが, こうして見積られた寿命は最低限のものであることに注意して欲しい. 具体的に電波写真から電波源の広がりを求め,光速で割ると, 典型的な年齢(寿命)として,
     τ=100万年
という値が得られる.
 以上から,活動銀河の放出する全エネルギーは,典型的に,
     E〜10^54 J
ほどになる.

(2)エネルギー源の広がり

 エネルギー源が無限に小さければ,いくらでも小さなタイムスケールで 変化することができる. しかしエネルギー源がある有限の広がりを持っている場合には, エネルギー源の広がりと時間変動のタイムスケールの間には一定の関係が生じてくる. このことは以下のように考えればよい.
 広がりRを持った領域が,一瞬にして消滅したとする. この現象を遠方から観測していたときに, この領域は一瞬にして消えて見えるだろうか?  否である.というのは,観測者にとっては, 問題の領域が消えた瞬間に領域の手前側から出た光が観測者に届いたときに, この領域は消え始め,領域の向こう側から出た光が観測者の届いたときに, この領域が消え終るので,消え始めから消え終わりまで, 領域の広がりRを光が横切るのに要する時間R/cだけかかる(cは光速). たとえば太陽が一瞬にして消滅したとしても,地球から見れば, 消え去るまでに約5秒かかるのだ.
 一瞬にして消滅するというのは,もっとも極端な場合なので,一般には, 広がりRを持った領域が消えるまでにかかる時間 (すなわち変動のタイムスケール)tは,
     t≧R/c
である.
 逆に言えば,明るさがtというタイムスケールで変化したときには, 輝いていた領域の広がりRは,上の不等式から,
     R≦ct
という条件を満たさなければならない.
 さて,活動銀河の明るさ(可視光)は,短い場合,数日で変化する. このことから活動銀河の中心で可視光を放射している領域の広がりは,
     数日×光速=数光日
(=100天文単位程度=10^15cm程度)の広がりしかないことが推測できるのだ.

(3)エネルギー源の候補

 活動銀河の中心に存在するエネルギー源は,典型的には, 10^54Jものエネルギーを放出でき,かつその広がりが数光日または それ以下という条件を満たすものでなければならない. エネルギー源の候補として,星のエネルギー源である核反応と, 重力エネルギーを評価してみる.
 まず核反応エネルギーの場合を考えてみよう. 先に述べたように,水素の核融合反応の効率は0.007なので, 質量Mの水素ガスが完全にヘリウムに変換したときに生じるエネルギーEは,
     E=0.007Mc^2
である.生じるエネルギーが10^54Jになるには, 10億太陽質量ほどの質量の水素ガスが燃えればよい. ところが,エネルギー源の広がりは典型的には数光日(10^15cm)程度 なので,その狭い領域にばくだいな質量が存在することになる. 実際,10^15cmの領域に10億太陽質量もの質量を詰め込んだときの 重力エネルギーを計算してみると, 10^54Jよりも大きくなるのだ.
 では重力エネルギーではどうだろうか? やはり先に述べたように, 質量がMで半径がRの天体の重力エネルギーの大きさはだいたい,
     E〜GM^2/R
程度になる.半径R=10^15cm程度の領域に閉じ込められた物質の 重力エネルギーがE=10^54J程度になるためには,簡単な計算から,
     1億太陽質量
ほどの質量が存在すればよい.すなわち,R≦10^15cmの領域に M〜1億太陽質量の物質を押し込めれば, 物質の重力エネルギーだけで典型的な活動銀河の放出エネルギーを 賄えるのである. このことから活動銀河のエネルギー源としては, 物質の重力エネルギーがきわめて重要な役割を果たしていることが推測される.
 効率という面から見ておくと,星の場合は, 質量に比べて半径が大きいために,重力エネルギーの効率は悪かったのである. しかし質量に比べて半径が小さくなれば, 重力エネルギーの効率はどんどんよくなる. 具体的には,ブラックホールの場合,重力エネルギーの効率は, 0.057(シュバルツシルト・ブラックホール)から 0.42(極端なカー・ブラックホール)ぐらいにまでなる. シュバルツシルト・ブラックホールでさえ, 核反応エネルギーの効率より1桁大きい.
 では,クェーサーなどでは, どのような機構で重力エネルギーを引き出しているのだろうか?

5 銀河の重力発電所

 活動銀河中心核のエネルギー源のモデルとしては, 1960年代のクェーサーの発見以来, 歴史的にはいろいろなモデルが考えられたが,現在, 広く信じられ観測的にも支持されつつあるのは, 超大質量ブラックホールとそのまわりの降着円盤という描像である.
 典型的な活動銀河の中心には,半径2天文単位, 質量1億太陽質量もの超巨大なブラックホール− 超大質量ブラックホール(supermassive black hole )が存在しており, その周囲に半径1pcにもおよぶガスの円盤−降着円盤(accretion disk)が 渦巻いていると信じられている(図2).

図2:降着円盤の模式図

 降着円盤を構成しているガスの主成分は電離した水素ガス すなわち水素プラズマで,ヘリウムや他の重元素も若干含まれている. 基本的なモデルでは降着円盤は平べったく−幾何学的に薄いという− 軸対称な円盤状で,不透明−光学的に厚いという−である. 直観的には平たい星をイメージすればよい.
 もっとも単に平たい星というだけではなく, 降着円盤は超大質量ブラックホールを中心として回転している. ガスは降着円盤の中を,太陽系の惑星のように, 中心ほど早い回転角速度で回っている. 回転角速度が半径によって異なる回転の仕方を差動回転と呼ぶが, 幾何学的に薄い降着円盤のガスの回転の仕方は, ケプラーの法則にしたがうので,ケプラー回転と呼ばれる.
 さてケプラー回転している降着円盤の場合,太陽系の惑星と異なって, ガス同士が互いに接しているために,隣接するガス層の間で (回転角速度が違うために)摩擦が働く. その結果,ガスは加熱され,電磁波を放射し始める. ガスの回転速度は中心に近いほど大きいため,加熱の割合も中心ほど大きく, ガスの温度は中心に近いほど高くなる(図3). またガスは,その温度に応じた電磁波を放射するので, 降着円盤の外部領域では赤外線が, 中心に近くなると可視光線がさらには紫外線やX線が放射される(図4). この降着円盤からの電磁放射が活動銀河の明るさの根源(の一つ)なのである, と信じられている. このエネルギーはどこからきたかと言えば, 中心のブラックホールに対してガスが持っていた位置エネルギー すなわち重力エネルギーで, それが降着円盤内で摩擦を通して解放されたのである.
 半径の隣り合うガス層の間での摩擦は,同時に,角運動量の輸送にも働く. すなわち回転角速度の早い内側の層は, 少し回転角速度の遅い外側の層と相互作用することによって ,角運動量すなわち回転の勢いを少し失い,さらに内側の軌道に移る. 角運動量を得た外側のガス層は,それをさらに外側へ伝えていく. こうしてガスは降着円盤の中を回転しながら, 次第に中心の超大質量ブラックホールへ向かって落下していき,一方, ガスの角運動量は降着円盤の内部を外側へ輸送されていくのである. そのままだと降着円盤の内部のガスはすべて中心のブラックホールに 吸い込まれてしまうので,降着円盤がその姿を保つためには, 常に外部からガスが補給され続けていなければならない. こうして定常的な状態が保たれる.


図3:降着円盤の温度分布.横軸は中心からの距離(cm)で, 縦軸は表面温度(K). 共に対数.中心の超大質量ブラックホールの質量は1億太陽質量とし, ガスの落下の割合は1太陽質量/年とした.


図4:降着円盤のスペクトル(黒丸)と太陽のスペクトル(白丸). 横軸は振動数ν(Hz),縦軸は電磁放射の強度(任意).共に対数. 降着円盤のパラメータは図3と同じ. 太陽の光は10^14−10^15Hzくらいの可視光でピークを持ち 紫外線や赤外線では弱くなるが,降着円盤からの光は, 紫外線から赤外線にかけて幅広いスペクトルを示す.

 いま述べたことを式で表せば,まず万有引力定数をG, 超大質量ブラックホールの質量をMとすると, 回転角速度Ωは中心からの距離rの関数として,
     Ω=(GM/r^3)
のようになる.
 また,降着円盤の表面温度Tは以下のように決まる. まず中心からの距離rにおける差動回転に伴う摩擦による加熱の割合は, 結果のみ示すと,
     3GMN     rin
     −−−(1−普|−)
     4πr3       r
である. ただしここでNは中心のブラックホールに向けて降着円盤内を落下していく ガスの割合(質量降着率と呼ぶ)である. また,ブラックホール近傍では重力が強すぎて回転運動を維持できなくなるため, 降着円盤には内縁が存在する(図2参照). 上のrinはその内縁の半径である(シュバルツシルトブラックホールの場合, 内縁の半径はシュバルツシルト半径の3倍になる). 一方,降着円盤の表面が黒体輻射をしているとすると, ステファン・ボルツマンの法則から, 表面から放射される輻射エネルギーの割合はσT4であり (σはステファン・ボルツマンの定数), したがって降着円盤の両面から放射されるエネルギーは,
     2σT^4
となる. 上の摩擦による加熱率と,下の放射による冷却率が等しいとおいて, 表面温度Tとして,最終的に,
        3GMN       rin
     T=[−−−−(1−普|−)]^1/4
        8πσr^3      r
が得られる.
 これをグラフにしたのが図3である. 図3では,クェーサーの場合の典型的な値として, M=1億太陽質量,N=1太陽質量/年とした. またこのときブラックホールのシュバルツシルト半径は2天文単位なので, rin=6天文単位とした. グラフを見てわかるように,内縁近傍での降着円盤の温度は約10万Kだが, 外にいくほど低くなる. ちなみに太陽の場合は,その表面温度は場所によらず約6000Kである.
 最後に,降着円盤の全面から放射されるエネルギーすなわち 降着円盤の光度を求めておこう. 太陽の光度は,単位面積から放射されるエネルギーを表面全体にわたって 積分して得られる. 降着円盤の光度Lも,同じように, 降着円盤の両面から単位面積当りに放射されるエネルギー2σT^4を 降着円盤全面にわたって積分して得られる:
        ∞
     L= 2σT^4・2πrdr
        rin
        GMN
      =−−−
        2rin
上の式に典型的な値 (M=1億太陽質量,N=1太陽質量/年,rin=6天文単位)を入れると, L〜10^39J/sとなり,観測される光度(明るいもので10^40J/s) をだいたい説明できる.

 以上が,活動銀河中心核のエネルギー源の標準モデルである. 超大質量ブラックホールと降着円盤のシステムは,身近な例では, 川をダムでせき止めて建設した水力発電所とその機構は等しい. すなわち,中心の超大質量ブラックホールのつくる重力勾配は川の落差に, 降着円盤はダム湖,川をせき止める機構(ダム)がガスの回転であり, タービンが摩擦に対応する.超大質量ブラックホールと降着円盤のシステムは, 銀河中心の重力発電所なのである.
 紙数の関係で詳しくは述べないが, クェーサーのエネルギー源のモデルとして提唱された降着円盤という天体 −重力エネルギーで輝く新しいタイプの“星”−は,実は, 原始星のまわりや中性子星や白色矮星のまわりなど, 宇宙のさまざまな場所で発見されており, 多くの活動的な天体現象の主役を演じている. それらの典型的な物理量について表1にまとめておく.

6 宇宙観の変革

 活動銀河やX線連星などで導入された, ブラックホールとそのまわりの降着円盤という描像は, 現代天文学のまったく新しいパラダイムである.
 従来,ブラックホールというのは,周囲に重力的な影響は及ぼし, 銀河の質量や宇宙全体の質量には関わるかも知れないが, 天文学的にはあまり興味の持たれない死の世界だっった. 現在でも,単独のブラックホールに関しては似たような状況かも知れない.
 しかし活動銀河などでは, ブラックホールは降着円盤という衣を纏うことによって, 死の世界から復活した魔物のごとく, さまざまな活動を引き起こすことが明らかになってきた. かつてのブラックホールに対するイメージとは180度の転換である. そこにはブラックホールを介在した新しい宇宙の姿がある. このような描像が宇宙観に与えた影響について,最後にまとめておこう.

  1. 天体におけるエネルギーの源は核融合反応というのが一つのドグマだったが, 重力エネルギーも天体発光のエネルギー源になりうることが明らかになった.
  2. 宇宙の中で光っているのは星であるというのが普通の認識だったが, 降着円盤は光輝ける天体である (星はせいぜい104K,降着円盤は105−108K).
  3. ブラックホールは目に見えないというのが“常識”だったが, 光る衣(降着円盤)を纏うことによって, その姿(シルエット)を人前に晒しうることがわかった. さらに衣の光り方を詳しく調べることによって,降着円盤のモデルばかりか, ブラックホール周辺の空間の構造に関する情報さえも得られるのである.
  4. ブラックホールは必ずしも孤独な存在ではなく, 周辺と相互作用する場合がある.すなわち銀河中心核と周辺とは, お互いに影響を与え合いながら,進化してきたのである.
  5. 静かな銀河像という描像も一変した.天体は静かで不変なもの, というのが太古以来の支配的な考え方であった. 少なくとも銀河ぐらいの大きな集団になると, 変化の仕方は非常にゆるやかで,人間の尺度で測れば, 不変といってよいと思われていた. しかし超大質量ブラックホールの周辺では, 1日のオーダーで情報が伝わり変化を引き起こす. この影響は外部にも波及していき, 1光年程度の拡がりを持つ銀河中心核は1年程度で変動する. こうして激しく変化し活動する銀河という描像が得られた. 虚無の天体ブラックホールのまわりには激しい生が渦巻いているのだ.
 現在計画されているアストロDなどX線衛星が打ち上げられ, 宇宙電波望遠鏡VSOP計画が軌道に乗り, そしてまたすばる望遠鏡などが完成した暁には,宇宙の中で, ブラックホールや降着円盤の果していく役割は, より一層明らかにされていくだろう.
The Newtype Object "Accretion Disk"
- The Energy Revolution in the Universe -
Jun Fukue
(Osaka Kyoiku University)

SYNOPSIS:
Accretion disks play dominant roles in various active astronomical objects such as protoplanetary disks, cataclysmic variables, X-ray binaries, active galactic nuclei, etc. In these objects, gaseous disks, which are called accretion disks, are formed around a central object such as protostars, white dwarfs, neutron stars, and black holes. In accretion disks, the gravitational energy of accreting gas is converted into heat and radiatin due to the action of viscosity. The accretion disk is a new type object which shines via the release of the gravitational energy.

Key Words: Accretion disks, Black holes, Gravitational energies, Quasars


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