「宇宙の巨大ブラックホール」
『日本物理学会誌』50,562(1995)
(フロッピーのデータから復元しており, 実際に掲載されたものとは少し違うと思います)
宇宙の巨大ブラックホール

福江 純 大阪教育大学教育学部
梅村雅之 筑波大学物理学系

リード文++++++++++++++++

クェーサーを代表とする活動銀河中心核の活動性を説明するには、 中心の超大質量ブラックホールとそれをとりまく降着円盤という描像が 不可欠とされている。 最近では、ごく普通の銀河の中心でも巨大ブラックホールの傍証が 報じられている。 さらには、宇宙論の最大の謎といわれるダークマターの正体が 大質量ブラックホールであるとする説が注目を集めている。 巨大ブラックホールは宇宙のキーワードとなりつつあるが、 肝心の超大質量ブラックホールをどう作るかについてはまだ定説がない。 ごく最近、梅村らは、宇宙のごく初期、 物質と輻射が袂をわかった少し後の時代に、 非常に効率よく大質量ブラックホールを形成するという新しいシナリオを提唱した。 また、そのような状況で、降着円盤の構造がどうなるかという観点から、 宇宙論的降着円盤のモデルを提案している。 本解説では、巨大ブラックホールに関わる最近の状況と、 理論的立場から巨大ブラックホール形成のシナリオを概観する。

本文++++++++++++++++

1 クェーサーの発見

 クェーサーの発見には有名な物語がある。 1960年、アメリカのマシューズとサンデージは、 パロマー山天文台の5m反射鏡を使って、 3Cカタログ(第3ケンブリッジ電波源カタログ)の第48番目の登録天体 3C48の位置を調べたとき、 そこに16等級の“星”があることを突き止めた。 この“星”は、普通の星に比べて非常に青く、明るさが急激に変動するし、 尋常ではなかった。 直後、グリーンスタインが撮影した3C48のスペクトルはまったく 異質なものだった。 すなわちスペクトルにはいくつかの幅の広い輝線が存在していたのだが、 そのような輝線はいままで他の星ではまったく見られたことのないもの だったのだ。 あくまで3C48が特別なタイプの星だと考えたグリーンスタインは、 それらの輝線が重元素によって形成されたものだと結論づけた。
 やがて1962年、別の強い電波源3C273が、ハザードらによって、 やはり13等級の“星”に同定された(図1)。 そして1962年も押し詰まった12月、 カルテクのマーチン・シュミットがこの“星”のスペクトルを撮影したのである。 3C273のスペクトルにもやはり不可思議な輝線が何本か見つかった。 そして1963年の2月になってシュミットは、これらの輝線が、 水素の出すバルマー線と呼ばれる輝線であることに気づいた。 ただし、3C273のスペクトル線は、 普通の位置から16%も赤い方にずれていたために簡単にわからなかったのである。 このこと、すなわち3C273が0.158もの赤方偏移を持っていることを そのまま受け入れれば、3C273は、光速の16%もの速度で遠ざかっている、 約25億光年も彼方の天体だということになる。 これが、いわゆる<クェーサー>の発見である。

3C273

 時を置かず、最初に発見された3C48も同様な天体であることがわかった。 3C48にいたっては、0.367もの赤方偏移を持っていた。 3C48を銀河系内の星と同定したグリーンスタインは、 シュミットの発見を聞いて天を仰いだという。
 3C273や3C48のように、 光で見ると星のような点状の天体として見えるが、 スペクトルには強い輝線が存在し、 しかもそのスペクトル線が非常に大きな赤方偏移を示す天体を、 今日、クェーサー(quasar)とか QSO(Quasi Stellar Object: 準星状天体)と呼んでいる。
 クェーサーが超遠方にある天体だとすると、 問題はそれが明るすぎることだった。たとえば3C273の場合、 見かけの明るさ(13等級)と赤方偏移から見積った距離(約25億光年) から、3C273の放出しているエネルギーを計算すると、 毎秒10^40Jぐらいになる。 一方、普通の銀河から放出されているエネルギーは、 毎秒10^38J程度にすぎない。 3C273は中心の1光年程度のきわめて狭い領域から普通の銀河全体より 100倍も大きなエネルギーを放出しているのだ (クェーサーを代表とし、きわめて活発な活動性を示す銀河中心のことを、 現在では、活動銀河中心核と総称している)。
 1963年に発見されて以来、 クェーサーのエネルギー源は大きな謎だった。 それを解決したのが、超大質量ブラックホールモデルである。

2 ここにも巨大ブラックホールが

 クェーサーなどの活動銀河中心核は、主に遠い宇宙、 即ち昔の宇宙に選択的に観測される。 クェーサーの御本尊である巨大ブラックホールはいま現在 どうなってしまっているのか。 これは、銀河進化に関わる大きな謎である。 最近になって、(活動的でない)通常の銀河の中心にも、 巨大なブラックホールがあるという証拠がいくつかあがってきている。 一つは、ジョーンズホプキンス大学のフォードらがHST (ハッブル宇宙望遠鏡)を用いて観測したもので、 おとめ座銀河団にあるM87という楕円銀河の中心100pc以内に 1億太陽質量以上の質量をもつブラックホールが存在するという報告である。 もう一つは、つい最近、国立天文台の三好、中井、井上らが 米スミソニアン天文台との共同でVLBA(超長基線電波干渉計)を 用いて観測したもので、りょうけん座のNGC4258の中心に 360万太陽質量のブラックホールの証拠を得たというものである。 この観測は、中心付近の0.1pcという極めて狭い領域を初めて観測したもので、 前者と比べるとずっと信頼性の高い観測である。
これらの観測事実から推察されることは、 銀河中心の巨大ブラックホールは昔は活火山状態にあり、 今は休火山となっているようであるということだ。 いずれにせよ、銀河の中心に巨大ブラックホールが鎮座しているという描像は、 以前にも増して現実味を帯びたものになろうとしている。

3 クェーサーの標準モデル(α降着円盤)

 1960年代のクェーサーの発見以来、 その膨大なエネルギーを説明するモデルとして、 さまざまな可能性が考えられた。 しかし、観測が進むにつれ次々に淘汰されていき、現在、 多様な観測事実を最もうまく説明できるのが、 超大質量ブラックホールとそのまわりの降着円盤という描像になっている。
 典型的な活動銀河の中心には、半径2天文単位、質量1億太陽質量もの 超巨大ブラックホール(supermassive black hole )が存在しており、 その周囲に半径1pcにもおよぶガスの円盤−降着円盤(accretion disk)が 渦巻いていると信じられている(図1)。 この降着円盤は、実際に最近ハッブル宇宙望遠鏡により外縁領域が 解像されている。

図1:降着円盤の模式図

 降着円盤を構成しているガスの主成分は電離した水素ガスで、 ヘリウムや他の重元素も若干含まれている。 基本的なモデルでは降着円盤は平べったく(幾何学的に薄い) 軸対称な円盤状で、不透明(光学的に厚い)である。 降着円盤は超大質量ブラックホールを中心として回転していて、 ガスは降着円盤の中を、太陽系の惑星のように、 中心ほど早い回転角速度で回っている。 回転角速度が半径によって異なる回転の仕方を差動回転と呼ぶが、 幾何学的に薄い降着円盤のガスの回転の仕方は、 ケプラーの法則にしたがうので、とくにケプラー回転と呼ばれる。
 さてケプラー回転している降着円盤の場合、 太陽系の惑星と異なって、ガス同士が互いに接しているため、 隣接するガス層の間で(回転角速度が違うために)摩擦が働く。 その結果、ガスは加熱され、電磁波を放射し始める。 ガスの回転速度は中心に近いほど大きいため、加熱の割合も中心ほど大きく、 ガスの温度は中心に近いほど高くなる(図2)。 またガスは、その温度に応じた電磁波を放射するので、 降着円盤の外部領域では赤外線が、 中心に近くなると可視光線がさらには紫外線やX線が放射される(図3)。


図2:標準降着円盤の温度分布。横軸は中心からの距離(cm)で、 縦軸は表面温度(K)。共に対数。 中心の超大質量ブラックホールの質量は1億太陽質量とし、 ガスの落下の割合は1太陽質量/年とした。


図3:標準降着円盤のスペクトル(黒丸)と太陽のスペクトル(白丸)。 横軸は振動数ν(Hz)、縦軸は電磁放射の強度(任意)。共に対数。 降着円盤のパラメータは図4と同じ。 太陽の光は10^14−10^15Hzくらいの可視光でピークを持ち 紫外線や赤外線では弱くなるが、降着円盤からの光は、 紫外線から赤外線にかけて幅広いスペクトルを示す。

 この降着円盤からの電磁放射が活動銀河の明るさの根源(の一つ)だと 信じられている。 このエネルギーはどこから来たかと言えば、 中心のブラックホールに対してガスが持っていた位置エネルギー すなわち重力エネルギーであり、 それが降着円盤内で摩擦を通して解放されたのである。 これがクェーサーという活火山のエネルギー源である。
 半径の隣り合うガス層の間での摩擦は、同時に、角運動量の輸送にも働く。 すなわち回転角速度の早い内側の層は、 少し回転角速度の遅い外側の層と相互作用することによって、 角運動量を少し失い、さらに内側の軌道に移る。 角運動量を得た外側のガス層は、それをさらに外側へ伝えていく。 こうしてガスは降着円盤の中を回転しながら、 次第に中心の超大質量ブラックホールへ向かって落下していき、一方、 ガスの角運動量は降着円盤の内部を外側へ輸送されていくのである。 そのままだと降着円盤の内部のガスはすべて中心のブラックホールに 吸い込まれてしまうので、降着円盤がその姿を保つためには、 常に外部からガスが補給され続けていなければならない。 こうして定常的な状態が保たれる。
 摩擦による角運動量の輸送の程度を表すパラメータを 慣習的にαで表すため、このような降着ガス円盤を<αモデル>とか <α円盤>と呼ぶ(Shakura and Sunyaev 1973)。
 以上が、活動銀河中心核のエネルギー源の標準モデルである。 超大質量ブラックホールと降着円盤のシステムは、身近な例では、 川をダムでせき止めて建設した水力発電所とその機構は等しい。 すなわち、川の落差が中心の超大質量ブラックホールのつくる重力勾配に、 ダム湖が降着円盤、川をせき止める機構(ダム)がガスの回転であり、 タービンが摩擦に対応する。超大質量ブラックホールと降着円盤のシステムは、 銀河中心の“重力発電所”なのである。

4 巨大ブラックホールは作れるか

 超大質量ブラックホール−降着円盤系は発電所として実に効率がよく、 しかもこのモデルで活動銀河中心核の様々な観測的性質を説明できる点で スグレものである。 しかし、そもそも、そのような巨大ブラックホールが宇宙の中で どのようにして生まれたかという問題になると皆、頭をかしげてしまう。 これまでは、星の進化論に基づいて比較的単純に考えてきた。 つまり100太陽質量を超える大質量星は、一般相対論的不安定を起こし ブラックホールへと進化するというものである。 これは、60年代にチャンドラセカールやワゴナー、ゼルドビッチらが 詳しい研究を行い、球対称の超大質量星の理論を作り上げた。
 しかし、ここで忘れてはならないことがあった。 すなわち“万物は回転する”ということである。 宇宙の天体で角運動量を持っていないものは存在しない。 銀河の美しい渦巻は回転速度があるからこそできるものである。 銀河にもし角運動量がなかったら、それはもちろん1点に凝縮し、 一般相対論的不安定で巨大なブラックホールになってしまうだろう。 逆に言うと、銀河が現在のような形であり、そこに我々が存在できたのは、 角運動量のおかげなのである(角運動量ハングアップというやつだ)。
 銀河は1千億太陽質量の質量を持つが、実は100万太陽質量の天体でも、 基本的な事情は変わらない。 宇宙のずっと初期には角運動量を獲得する前に天体ができるのではないか という考えもあったが、それも難しい。 というのは、目下の定説では、角運動量は重力による潮汐力によって 獲得されるのだが、それは宇宙の密度ゆらぎの線形成長段階でほとんど 終了してしまうからだ。この角運動量で決まる遠心力障壁の半径は、 銀河質量に対応するシュバルツシルト半径(2GM/c^2)に比べて 7桁も大きい。 従って、何等かのメカニズムで角運動量を抜き去らなければ、 ブラックホールは出来ないのである。 角運動量を抜き去るメカニズムの一つに、 先に説明した差動回転による摩擦(αモデル)が考えられる。 しかし、これによる角運動量が輸送される時間スケールは、 宇宙年齢よりも長い。 したがって、いつどんな大きさの天体ができようとも、 それが重力不安定によってできる限りは、相当量の角運動量を獲得し、 その結果、ブラックホール半径の7桁以上の大きさの天体になってしまう のである。これが、巨大ブラックホールを作るための最大の難問であった。

5 新たなシナリオの提案

 このような行き詰まり状態に対し、梅村とハーバード大学のローブ、 プリンストン大学のターナーは、 この難問を解決する新たなアイデアを提唱した (Loeb 1993, Umemura et al. 1993)。 それは、宇宙黒体輻射を角運動量のシンクに使うアイデアである。
 宇宙が膨張して、断熱冷却で温度が3000Kぐらいまで下がると (赤方偏移でz〜1000ぐらい)、それまで電離していた陽子と電子は 再結合して、バリオン物質と輻射場は袂をわかつ。 この後、光は物質と相互作用することなく自由に突き進むことが できるようになる。いわゆる“宇宙の晴れ上がり”である。 このときの輻射場は、宇宙膨張による赤方偏移によって、 3K宇宙背景放射として現在観測される。 また一方、バリオン物質は輻射との結合が切れると、 重力不安定(ダークマターが誘起することもある)によって、 ゆらぎの成長が始まる。これが標準的な宇宙史のシナリオである。
 さて、もしバリオンゆらぎの成長段階において、何らかの理由で、 突然その領域が再び電離されたとしたら何が起きるだろうか。 電子は輻射とコンプトン散乱し、エネルギーや運動量の授受が 突然再スタートする。電子と陽子はクーロン散乱で結合しているから、 結局、プラズマ全体と輻射場の間でエネルギーや運動量のやり取りが 起きることになる。 このとき重要な点は、プラズマは回転運動や落下運動をしているのに対し、 宇宙背景放射は等方的であるということである。 このため、ネットにはプラズマの宇宙膨張からのずれの運動に対して 急激なブレーキがかかることになる。 これを輻射抵抗(radiation drag)とかコンプトン抵抗(Compton drag)と 呼ぶ。 もし、赤方偏移で100より大きな宇宙初期の時代に再電離が起こると、 宇宙黒体輻射のエネルギー密度が高いため、 この抵抗の時間スケールは宇宙膨張の時間スケールよりも短くなる。 その結果、角運動量が効率よく宇宙黒体輻射へ流れることになるのである。 ただし、この抵抗は密度ゆらぎの成長そのものにもブレーキをかける。 従って、成長段階にあるゆらぎそのものが消えてしまう可能性もある。 コンプトン抵抗の問題では、いつどのように再電離が起こるかということが 重要である。
 もっとも、これはごく自然な成り行きで解決されると考えている。 密度ゆらぎが成長するとき、まずは電離源が存在しないので、 獲得した角運動量によって決まる大きさの回転平衡円盤ができる。 この円盤の中では、局所的重力不安定によってガスから次々に星が誕生する。 ガスの10%以上が星に変わると、 星からの紫外線放射によって残りのガスがすべて電離され、 コンプトン抵抗はガス円盤の運動に急激なブレーキをかけるのである。 このような回転ガス円盤では、動径方向の宇宙膨張からのずれに比べ、 回転方向のずれが圧倒的に大きい。 つまりコンプトン抵抗は主として回転速度を減少させるようにだけ 働くことになる。 回転円盤から角運動量を抜き去れば、当然ガス円盤は縮んでゆく。 実際、梅村ら(Umemura et al. 1993)は、 この過程を3次元の宇宙流体力学計算によって示したのである(図4)。


図4:巨大ブラックホール形成のシミュレーション(梅村他1993年)

 さらに福江、梅村(Fukue and Umemura 1994)は、 コンプトン抵抗を入れた定常・軸対称な質量降着の解析解を求めた。 一様輻射場のコンプトン抵抗は速度ベクトルに比例するが、 そのときの抵抗係数をβとし、これを<β円盤>と呼ぶことにした。 なおα円盤におけるαは(粘性のミクロプロセスが未解決なため) パラメータになっているが、β円盤の抵抗係数βは、パラメータではなく 、赤方偏移に依存する背景輻射場の密度と電離度で決定される。 図5にβ降着円盤の定常解の例を示す。 図5の横軸は(中心天体の質量と音速で無次元化した)半径rの対数、 縦軸は(音速で無次元化した)落下速度の大きさv、すなわちマッハ数である。 図5からもわかるように、コンプトン抵抗を受けて中心のブラックホールに 降着するガスの落下速度は、概ねβrに比例している。 一方、ガスの回転速度は、遠方では一定だが、 ブラックホールに降着するにつれて速くなり、中心近傍では、 ブラックホールの重力とガスの回転による遠心力の釣り合った ケプラー回転になる。


図5:β降着円盤の解の例(福江&梅村1994年)。

 ここで重要な点は、コンプトン抵抗によってガスから角運動量が 抜き去られるため、中心の大質量ブラックホールまでガスが落下できる という点である。 すなわち、もしガスの角運動量を保存したままだと、中心に近づくにつれ、 重力(〜1/r^2)より遠心力(〜1/r^3)が勝り、 いわゆる角運動量の障壁が生じて、ガスは中心まで落下できない。
 前にも述べたように、中心近くでの落下速度はβに比例するので、 輻射抵抗が大きくなるほど速く落ちる。 抵抗が大きくなって、速く落ちるのは変だと思う人もあるかもしれない。 確かに、地球に降り注ぐ隕石でも、空気抵抗が大きくなれば終末速度は 小さくなる。しかし回転ガス円盤の場合は、やや事情が違う。 円盤はほぼケプラー回転に従って、ぐるぐる回りながら、 回転速度よりはずっと小さな速度で動径方向にじわじわ落ちてゆく。 つまりガスの落下は、角度方向の速度が減少 (つまり角運動量が減少)することによって起こっているわけである。 だから、βが大きくなって回転速度の減少率が増せば、 それだけ速く落ちるようになるのである。
 β円盤の性質は、現在も解析中だが、非定常な振る舞いや波動の伝播など、 いろいろな点で、α円盤とは異なることが明らかになってきている (Tsuribe et al. 1994; Fukue et al. 1994)。
 原始クェーサーにおけるブラックホール形成とβ降着円盤は、 顧みるにはまだ未解決の問題が多すぎるものの、 分野際的なテーマということになるだろう。 すなわち、時間的には、宇宙初期と銀河形成の端境期の時代 −いわゆる宇宙のミッシングリンク時代−の話であり、空間的には 、内なるクェーサー/活動銀河中心核と外なる原始銀河・銀河形成を結ぶ 話なのだ。

6 宇宙論と巨大ブラックホール

 宇宙初期の巨大ブラックホール形成は、 単にクェーサーブラックホールの起源を解き明かすものであるばかりでなく、 宇宙論的に様々な重要な帰結をもたらすことになる。 まず一つは、宇宙のダークマター問題である。 これは、いまだ未解決の宇宙論の謎である。 宇宙に存在するヘリウム、重水素、リチウムなどの軽元素は、 星で生成される量では説明がつかず、 その90%はビッグバン宇宙で作られたとされている。 この場合、観測値を説明するためには、宇宙のバリオン密度は、 宇宙を閉じさせるのに必要な物質密度(宇宙の臨界密度と呼ぶ)の 1%程度でなくてはならない。 一方で、様々な観測により宇宙には、少なくとも宇宙の臨界密度の 10%以上の質量物質があることがわかっている。 つまり、宇宙の9割以上の質量物質は、 通常のバリオンではあり得ないことになる。 これは、宇宙論のみならず素粒子論にとっても深刻な問題である。 というのも、宇宙に大量に存在し、しかも質量をもつ非バリオン素粒子は まだ実験的に確認されていないからである。 たとえばニュートリノは、宇宙の光子数と同程度あり大量に存在する。 そしてもし、3世代のニュートリノ(電子ニュートリノ、 ミューニュートリノ、タウニュートリノ)の質量の合計が 数10eV以上あれば、宇宙のダークマターを説明できるとされている。 しかし、これまでの実験では質量の上限値しか与えられておらず、 数10eV以上あるという明確な証拠は得られていない。 他に、新種の素粒子として、アキシオンや超対称性粒子 (グラビティーノ、フォティーノ)などが素粒子論から提案されているが、 未だその存在の確証すら得られていない。
 一方で、プリンストンのグループは、もし宇宙初期にブラックホールが たくさんできたとすると、怪しげな非バリオン素粒子を持ち込まなくても、 ダークマター問題は解決できるかもしれないと唱えている。 カラクリはこうである。上に説明したように、宇宙のバリオン量は、 軽元素存在量により制限がついている。 ところでもし、宇宙初期に多数のブラックホールができれば、 それらから高エネルギーのガンマー線が放射されるだろう。 このガンマー線はビッグバンで生成された軽元素を壊すため、 もともとビッグバンで生成された軽元素は、 われわれが現在観測する量よりも多かったはずだ。 これが本当なら、宇宙のバリオン量に対する制限は10倍程度大きくなり、 宇宙のダークマターはすべてバリオンでよいということになる。 ダークマターがバリオンだった場合、それらは現在の宇宙の中で いろいろな形態をとっているだろう。 たとえば、最近の重力レンズ観測で話題を呼んだMACHO (質量が軽く暗い星)や、ダスト、そしてブラックホールなど。
 バリオンだけの宇宙を考えたときに最大の困難と言われているのが、 3K宇宙背景放射の等方性と銀河形成の矛盾である。 つまり、宇宙に銀河を誕生させるのには、背景放射に見つかっている ゆらぎは2桁も小さいのである。 この問題もまた、宇宙初期のブラックホールを考えることで解決できる 可能性がある。 宇宙が晴れ上がった(中性化した)後、ブラックホールができると、 そこからの輻射により宇宙全体がもう一度電離された状態になる。 すると、光は行く手を電離ガスで遮られることになり、 宇宙は再び不透明になる。 我々は、この不透明な層を通して背景放射を見ることになるから、 ちょうど曇ガラスの向こう側の景色のように、 ぼやけて見えるというわけである。 実際には観測されているよりもっと大きなゆらぎがあってよい ということになる。 この宇宙の再電離化のシナリオは、クェーサーのスペクトルの観測で わかっている最近の宇宙の電離状態とも整合性がある。
 このように、宇宙初期の巨大ブラックホール形成のシナリオは、 これまでの宇宙史を大きく塗り変える可能性をもっている。 また、β降着円盤という天体物理素過程は、 活動銀河中心核の形成と進化のシナリオに新たな切口を開くものである。

この原稿を書いている内に、 NASAから大変興味深いニュースが飛び込んで来た。 HSTを使って、いくつかの典型的クェーサーを観測したところ、 その親の銀河が見つからないという報告である。
 この新たなパラダイムについて、我々はまだ氷山の一角を調べたにすぎない。 宇宙論的効果や降着円盤の問題は、物質と輻射のコンプトン相互作用という視点から、すべて洗いなおす必要があろう。

参考文献

Fukue J., Umemura M. 1994, PASJ 46, 87
Fukue J. et al. 1994, PASJ submitted
Loeb A. 1993, ApJ 403, 542
Shakura N. I., Sunyaev R. A. 1973, A&Ap 24, 337
Umemura M., Fukue J. 1994, PASJ 46, 567
Umemura M., Loeb A., Turner E. L. 1993, ApJ 419, 459
Tsuribe, T. et al. 1994, PASJ 46, 597


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