98SS2.TXT 1997 0923, 0928, 1004, 1007
 
プロジェクトSS433:モデル光度曲線
 
福江 純・尾花好美・奥上将光
<大阪教育大学 〒582 大阪府柏原市旭ケ丘4-698-1>
e-mail:fukue@cc.osaka-kyoiku.ac.jp
 
 
近接連星系SS433において,伴星からコンパクト星に向かって流れ込んだガスがコンパクト星のまわりでどのような形状をしているかは,ジェット形成の機構にとって非常に重要な問題だが,いまだ決着していない.本稿では,SS433の主星がコンパクト星を取り囲むガストーラスだというモデルに基づいて求めた,光度曲線のモデル計算を紹介する.主なモデルパラメータは,連星の質量比,伴星の表面温度,そしてトーラスの厚み形状である.観測された(公転&歳差)光度曲線と比べた結果,質量比は2程度(コンパクト星はブラックホール),トーラスがあまり厚くなく,また伴星の表面温度が17000K程度のモデルが観測によく合うことがわかった.
 
 
1.はじめに
 
 コンパクト星(主星)と早期型恒星(伴星)からなる近接連星系SS433は,降着円盤に取り囲まれたコンパクト星の近傍から光速の26%もの速度でプラズマガスの噴流が吹き出ているきわめてユニークな天体であり,宇宙ジェットのプロトタイプとして知られている.この特異連星系SS433については多くの未解決の問題が残っている:コンパクト星の種類(中性子星かブラックホールか);降着円盤の性質(サイズや形状);ジェットの歳差の原因;そしてジェットの起源と加速機構,などなど.とはいうものの,SS433は銀河系内の天体であり(したがって距離が近く)比較的詳しい観測が可能なため,降着円盤や宇宙ジェットに対してさまざまな手がかりを与えてくれる.
 数年来われわれの研究室では,主に理論的な見地からSS433の光度曲線を解析してきた1)2)3)4)5).すなわち,SS433の主星は(伴星から流れ込んだガスによって)コンパクト星のまわりに形成された「幾何学的に厚いガストーラス」で,かつ伴星はロッシュローブを満たした早期型主系列星であるとし,さらに伴星がガストーラスを隠したときに光度曲線の主極小が生じると考えて,光度曲線をモデル計算した.前回の観測的な話6)に続き,今回は理論的なモデル計算の結果を紹介する.
 以下,2節でシステムパラメータを整理し,3節でモデルの概要を述べる.4節で計算方法や得られた結果を示し,5節で今後の課題を検討する.
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
     図1 SS433のシステム
 
2.SS433のシステムパラメータ
 
 まず,観測的に(ほぼ)確定している範囲で,SS433のシステムパラメータを整理しておきたい.
 
2.1.運動学的モデル
 前回でも述べたように,SS433は近接連星系で,その公転周期は約13.1日である.またコンパクト星+降着円盤周辺からは,光速の26%の速度でジェットが吹き出しており,そのジェットは半頂角19.8°の円錐面内で歳差運動をしている.またジェットの歳差軸と視線方向のなす角度は78.8°で,歳差の周期は約162.5日である.この運動学的モデルのパラメータは,可視光・電波・X線観測などにより,まず間違いない(図1).
 そこでまず,SS433の軌道傾斜角と降着円盤の姿勢を考えてみよう.降着円盤/ジェットは歳差しているが,その歳差軸が連星系の公転面に垂直だと仮定するのは妥当なことだろう.したがって,SS433の軌道傾斜角i(公転面に垂直な方向と視線方向のなす角度)も,歳差軸が視線方向となす角と同じだと考えていいだろう;すなわち,
   i=78.8°             (1)
となる.一方,歳差角ψ(ジェットの歳差軸とジェットの方向のなす角度)は19.8°である.したがって,たとえば,もし歳差の位相Φが0.5のとき(降着円盤が手前側にもっとも傾いた時期)ならば,極角θ(降着円盤の回転軸と視線方向のなす角度)は,
  θ=78.8°−19.8°=59°       (2)
となる.
 
    表1 SS433の基本要素7)
======================
  要素      値
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  V等級       約14等
  距離d       5.0±0.5kpc
  連星の公転周期P  13.08211日
  歳差の周期     162.15日
  軌道傾斜角i    78.8°
  歳差角ψ      19.8°
  視線速度振幅K   112±5 km/s
  質量関数f(M)    2.0±0.3M◎
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
2.2.質量関数
 つぎにSS433の質量比などのパラメータだが,公転周期P[日]と視線速度振幅K[km/s]が観測からわかれば,いわゆる質量関数
     M sini
  f(M)=─────=1.036×10−7 KPM◎ (3)
     (M+M)
が得られる.
 さて,公転周期は,上でも述べたように,13.1日である8)
 一方,視線速度振幅についてだが,従来は,K=195 km/sという値がよく使われていた9).この値を使うと,f(M)=10.1M◎となる.しかし数年前に,(降着円盤のガスから発すると推定される)HeIIのスペクトル線の観測から,K=112±5 km/sという値が報告された10).後者の値を使うと,質量関数の値は,f(M)=2.0±0.3M◎となる.根が素直な人間として,当然新しい値を信じていたのだが,前回少し触れたように,Cherpashchuk氏によると,後者の値にも疑義があるらしい.すなわち,観測時の降着円盤の姿勢の関係で,(HeIIを出す)降着円盤の中心領域ではなく,(やはりHeIIを出す可能性のある)降着円盤の縁のホット・スポットあたりを見ているかもしれないらしいのだ.観測で質量関数が確定することを望むが,さしあたって以下では最新の値を採用することにする.
 新しい観測値を使い,さらに軌道傾斜角が78.8°だとすれば,(3)式から,質量の間に,
     M
   ─────=2.12M◎      (4)
   (1+M/M)
が成り立つことになる.したがって,コンパクト星の質量Mか,伴星の質量Mか,あるいは質量比Q=M/Mのどれかを与えれば,残りは一意に定まる(質量比はM/Mで定義している場合も多いので注意).表2に組み合わせの例をいくつかあげる.
 
  表2 SS433の質量の組み合わせ例
======================
M    M  Q=M/M rout  コンパクト星
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
0.83 3.31  4  3.859×10 中性子星
1.22 3.66  3  2.980×10 中性子星
1.40 3.91  2.79 2.719×10 中性子星?
2.39 4.77  2  2.241×10 ブラックホール?
8.48 8.48  1  8.340×10 ブラックホール
38.16 19.08 0.5  2.8 ×10 ブラックホール
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 
3.モデルの概要
 
 何度も述べたように,SS433はコンパクト星と伴星からなっていると考え,伴星はロッシュローブを満たしており,コンパクト星周辺には降着円盤が形成されているとする.
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   図2 SS433のモデル
 
3.1.トーラスのモデル
 伴星のロッシュローブを越えて溢れ出たガスはコンパクト星の重力圏に流れ込み,コンパクト星のまわりにガストーラスを形成する.そのようなガストーラスのモデルとして,Madau11)のモデルを用いた(図2).
3.1.1.トーラスの形状構造     
 中心の天体(質量M)のまわりを回転するガスによって形成されたトーラスは,輻射圧によって支えられた円環状の星だとして扱うことができる(実際には,ガスはトーラス内を,回転方向だけでなく中心方向へも流れているはずなので,ここで述べるモデルは近似的なものである.).トーラスガスの自己重力や磁場は考えない.重力と遠心力と輻射圧(光の圧力)のもとでの静水圧平衡を仮定すれば,そのようなガストーラスの形状と構造を決定することができる(図2).なおここでは,z軸がトーラスの回転軸に一致する円筒座標(r,φ, z)を用いる.
 まず,トーラス中心のコンパクト星(SS433では中性子星またはブラックホール)の一般相対論的効果を模擬するために,コンパクト星の重力ポテンシャルとして,擬ニュートンポテンシャル12)
       GM
   φ=− ──           (5)
      R-r
を用いた.ただし,R=√r+zで,またr=2GM/cはコンパクト星のシュバルツシルト半径である.
 またトーラスガスの回転の仕方がわからないので,いろいろな場合が含まれるように,ガスの回転の仕方が半径の関数で表されると仮定する.具体的には,比角運動量lが半径rのべき乗で表されるとした:
       r
   l=lin(──)2−q  .       (6)
       rin 
ただしここで,rinはトーラスの内縁半径であり,またlin=√GMrin/(rin-r)は内縁rinにおけるケプラー回転の比角運動量の値で,指数qは一定とする.これらのうち,内縁rinは,限界束縛軌道の半径rmb=2rと限界安定軌道の半径rms=3rの間にくる.またべき指数qの範囲は,降着が可能で(q>0)かつ局所的に動的安定である(q≦2)という条件によって制限される.この指数qを変えればトーラスの形状が厚くなったり薄くなったりする.
 以上の仮定のもとで,静水圧平衡の式を積分して有効ポテンシャルを求め,さらにトーラスの表面(密度が0になるポテンシャル面)が内縁(r=rin, z=0)を通るという境界条件を課すと,トーラスの形状が決まるのである.
 最終的に,トーラスの厚みh(r)は半径rの関数として,
   (rin-r) rin - r(r-rin)
h=√[──────────────]-r (7)
   (rin-r) rinB−1 - (r-rin)
のように表される.ただし,B=2-2qである.
 トーラスは,内縁と同時に外縁も持つが,その外縁半径routは,h(rout)=0を解けば求まる.すなわち,トーラスの形状を決めるパラメータ,rin,rout,qの中で独立なものは一般的には2つである.ただしSS433の場合は,トーラスのサイズは十分大きくロッシュローブを満たしていると考えられるので,外縁半径routはコンパクト星のロッシュローブのサイズ(より正確には,コンパクト星の中心からL1点までの長さ)に等しいとおいた(表1参照).したがって,SS433の場合のトーラスのパラメータは一つだけ,たとえば,トーラスの厚み形状を表すパラメータqだけである.このqについては,ほぼ球状のもの(q=2)から,かなり厚いもの(q=1.8),比較的厚いもの(q=1.6),わりと薄いもの(q=1.51)など,いくつかの場合を考えた(それぞれで,内縁の半径rinは自動的に決まる).子午面内でのトーラス断面図を図3に示しておく.
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   図3 トーラスの断面形状
 
3.1.2.トーラスの表面温度
 トーラスが重力と遠心力と輻射圧の釣り合った静水圧平衡に近い状態になっているなら,重力((5)式)と遠心力((6)式)の分布を与えれば,3つの力の釣り合いから,残る輻射圧(ベクトル)の分布も決まる.さらに,トーラス表面の各場所がほぼ黒体放射をしているなら,ステファン・ボルツマンの法則が成り立つので,輻射圧(正確には輻射流束と呼ばれる輻射エネルギーの流れ)から表面温度が得られる.
 これらの仮定から,細かな部分は端折って結果のみ書くと,最終的に,トーラスの表面温度Teff(r)は半径rの関数として,
    c     GM  l  2GM l
σTeff=-(1-β)√-------+- − --------- (8)
    κ    (R-r) r  R(R-r)r
のように表される.図4に半径の関数として温度分布を示しておく.
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   図4 トーラスの表面温度分布
 
3.2.伴星のモデル
 SS433では,コンパクト星のまわりに降着円盤が形成されていることから,伴星はロッシュローブを満たしていると考えていいだろう.ロッシュローブの涙滴状の形状を与えるポテンシャルについては,適当な教科書13)をみて欲しい.また伴星は早期型主系列星だとし,さらにその表面温度はどこでも一様だと仮定した.今回の計算では,この伴星の表面温度Tがパラメータの一つである.
 
4.食光度曲線と歳差光度曲線
 
 前節で述べた描像にもとづき,SS433の光度曲線を解析してきた方法は1)2)3)4)5),エレガントではなく泥臭いが,いたって直接的で単純なものである.すなわち,いろいろな位相でのSS433の見え方を計算し,各点の明るさを足し合わせて,それを並べて光度曲線を求めるのだ.上記のモデル以外には,平面内での座標回転という高校程度の数学ですむ話なので,以下で簡単に説明してみたい.
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
      図5 SS433の姿勢
 
4.1.視覚化
 光度曲線を求める前段階として,3節のモデルに基づくSS433の描像を視覚化する(図5参照).連星系SS433のCG写真を撮影する手段としては,基本的には光線追跡法を用いる.すなわち,遠方の撮影者から(SS433に向けて)トコトコと光線を出して,その光線が,降着円盤に当たったか,伴星に当たったか,どこにも当たらなかったかを判断し,当たった点の場所と温度を求めるのだ.
(a)座標への変換について
 SS433のトーラスと伴星がどのように見えるかを表現するには,トーラスや伴星の表面の点がスクリーン上のどこに射影されるかを求めなければならない(あるいは,スクリーン上の点がトーラスや伴星の表面のどこに対応しているかを求めると言ってもよい).
 考えるべき主な座標系としては,
   スクリーン座標(x, y, z)
   ロッシュ座標(x, y, z)
   トーラス座標(x, y, z)
がある.ここでスクリーン座標とは,スクリーン(ディスプレー)に準拠した直角座標で,スクリーン上に投影された連星系の重心を原点とし,視線方向をx軸,スクリーン右方をy軸,スクリーン上方をz軸とする.またロッシュ座標は,連星系の公転面に準拠した直角座標で,連星系の重心を原点とし,伴星の方向をx軸,公転方向をy軸,公転面に垂直方向をz軸とする(図5参照).さらにトーラス座標は,トーラスの赤道面に準拠した直角座標で,トーラスの中心(コンパクト星)を原点とし,トーラスの傾いた方向をx軸,それと垂直方向をy,そして回転軸をz軸とする.
 ここでは,以下述べるように,(X, Y)座標を半時計回りにθ回転して(X', Y')座標に変換するという座標回転:
   X' = X cosθ + Y sinθ    (9a)
   Y' = -X sinθ + Y cosθ    (9b)
を繰り返すことにより,スクリーン座標をロッシュ座標に,さらにトーラス座標に,つぎつぎと対応させていく.
(b)スクリーン座標からロッシュ座標へ
 最初に,スクリーン座標(x, y, z)からロッシュ座標(x, y, z)への座標変換を考えるが,中間座標として,連星系の公転面に準拠しているが,x軸だけは視線の方を向いた補助直角座標(x, y, z)を用意する(図5上).
 連星系の軌道傾斜角をiとすると公転面からの俯角はπ/2-iである.そこで,まず,スクリーン座標の視線方向を向いたxs軸を,ys軸の回りに下方へπ/2-iだけ回転させて,連星系の軌道面内にもっていく:
x = x cos(π/2-i) - z sin(π/2-i)  (10x)
y = y                (10y)
z = x sin(π/2-i) + z cos(π/2-i)  (10z)
軌道傾斜角は,SS433の場合,i=78.8°である.
 連星系の公転運動に伴ってx軸の方向は変化するが,視線の方を向いたx軸から測った角度が連星系の位相φである.そこで,公転面に準拠した補助直角座標(x, y, z)からロッシュ座標(x, y, z)への変換は,
   x = x cosφ + y sinφ     (11x)
   y = -x sinφ + y cosφ    (11y)
   z = z0             (11z)
となる.
(c)ロッシュ座標からトーラス座標へ
 つぎに,ロッシュ座標(x, y, z)からトーラス座標(x, y, z)への座標変換を考えるが,中間座標として,ロッシュ座標の原点をトーラスの中心まで平行移動した補助直角座標(x, y, z)とそれを位相φだけ逆回転させた補助直角座標(x, y, z)を導入する(図5下).
 ロッシュ座標の原点(連星系の共通重心)とトーラス座標の原点(コンパクト星の重心)はaの大きさだけ離れている.そこで,まず,ロッシュ座標のx軸を負の方向に|a|だけ平行移動させる:
   x = x + |a|          (12x)
   y = y             (12y)
   z = z              (12z)
 ロッシュ座標のx軸,したがって上の補助直角座標のx軸は,連星系の公転運動に伴って,視線の方向から位相φの分だけ回転している.そこで,x軸を視線の方向に戻すために,z軸の回りに位相φだけ逆回転−(11)式と比べて−させる:
x = x cos(−φ) + y sin(−φ)   (13x)
y = -x sin(−φ) + y cos(−φ)   (13y)
z = z1                (13z)
 ロッシュ座標のz軸と上の補助直角座標のz軸およびz軸は,どれも連星系の公転面に垂直だが,ジェット/トーラスが歳差しているため,トーラスの回転軸すなわちトーラス座標のz軸は,歳差角ψだけ傾いている.そこで,上の補助直角座標のz軸を,y軸の回りに歳差角ψだけ逆回転させて,トーラス座標へ一致させる:
x = x cos(−ψ) + z sin(−ψ)   (14x)
y = y               (14y)
z = -x sin(−ψ) + z cos(−ψ)   (14z)
歳差角は,SS433の場合,ψ=19.8°である.
(d)SS433のCG例
 実世界では,トーラスや伴星の表面の一点から発した光が空間を伝播していって遠方の観測者まで到達するわけだが,ここでは,フェルマーの定理にもとづき,観測者から発射点へ向けて光の軌跡を逆にたどった(光線追跡法).その際,上で述べた座標変換にもとづき,スクリーン上の各ピクセルの座標が連星系やトーラスの座標でどこに対応するかを同時に計算しておく.そして光線の軌跡を逆にたどりながら,各ステップで,それらの座標値をトーラスの形状モデルやロッシュポテンシャルと照らし合わせてチェックすることにより,(逆にたどっている)光線がトーラスや伴星の表面に到達したかどうかが判断される.そしてトーラスか伴星の表面に達したと判断された時点で,トーラスに到達したのであればトーラスの表面温度モデルから,伴星に到達したのであればパラメータとして与えてある伴星の表面温度から,そのピクセルの温度を決定する.さらにトーラスも伴星も黒体輻射を放射していると仮定しているので,ステファン・ボルツマンの法則により,そのピクセルの輝度が決まることになる.
 ただし,現段階では,簡単のために,トーラスと伴星の間の反射効果などは無視している.また同じく簡単のために,トーラスの回転に伴うドップラー偏移や中心の天体の重力場による重力赤方偏移および重力レンズ効果など,相対論的効果も無視した.
 以上の手順で撮影した連星系SS433のCG画像を図6に示す.パラメータは,質量比Q=M/M=1,形状パラメータq=1.51である.歳差位相はΦ=0.75(トーラス面が横方向を向いている時期),公転位相は260゜(主星と伴星がほぼ横並びの時期)である.
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 図6 SS433のCG画像(Q=1, q=1.51)
 
4.2.食光度曲線
 前節で撮影したSS433のCG画像のデジタルデータから連星系SS433の光度曲線を得るのは容易である.
4.2.1 食光度曲線の観測例
 前回,Cherpashchukの最新のデータを紹介したが,ここでは別の例として,長年にわたる観測を平均して得られたV等級の光度曲線14)を図7に示す(◇印).図7からわかるように,SS433の光度曲線の主極小は幅が広く,食の期間の幅は公転位相にしてΔφ〜±0.2におよぶ.さらに主極小の深さも深く,食甚での深さは実視等級でΔV〜0.6-0.7等にもなる.ただし皆既食にいたるまでではなく,食は部分食である.これらの事実は,降着円盤が十分大きいことを意味している.
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   図7 V等級の食光度曲線14)4)
 
4.2.2 食のモデル光度曲線
 光度曲線を求めるためには,スクリーン上の各ピクセルの輝度をπ倍して輻射流束に直し,さらにスクリーン上の全ピクセルの明るさを足し合わせて,全体の明るさを計算すればよい.連星系の公転に伴う各位相ごとにこの作業を行い,とりあえず(規格化などをしていない)生の光度曲線を求める.この段階で得られている値は光度に相当する値なので,観測で得られている等級値と比較するために,光度の対数を取り(-2.5)を乗じて等級値に引き直す.
 食光度曲線の計算例を図7に示す3)4)(実線).図の横軸は公転位相φで,縦軸はV等級に引き直した明るさである.パラメータは,質量比Q=1で,伴星の表面温度は17000K,トーラスの形状パラメータqは,1.51(実線),1.52(一点鎖線),1.6(破線),1.8(点線)で,それぞれの図に重ねて表示してある(縦軸は相対的な値).
 この段階で,観測と合うものとして:(1)質量比が1の場合(コンパクト星はブラックホール),伴星の表面温度は16500K〜17000Kがよく,トーラスは薄い(q〜1.51)より比較的厚い(q〜1.60)方がよい.(2)質量比が4の場合(コンパクト星は中性子星),伴星の表面温度は17000K〜17500Kあたりがよい.ということがわかった.
 なお,SS433の軌道公転周期は13.1日で,またジェット(およびトーラス)の歳差の周期は162.5日である.したがって1公転周期の間にトーラスの姿勢は(歳差によっては)あまり変化しないので,トーラスの姿勢は変わらないと仮定した.
 
4.3.歳差光度曲線
 SS433の降着円盤は,公転周期の約12倍の周期で歳差運動している.公転運動を仮想的に固定して降着円盤が歳差運動したときに得られる光度曲線を,歳差光度曲線と呼ぼう.
4.3.1 歳差光度曲線の観測例
 現実のシステムでは,公転運動を止めることはできないが,多数ある観測データの中から公転運動のある時期(たとえば,降着円盤が左,伴星が右に並んでいるとき:φ=0.25)の前後だけをピックアップして,降着円盤の姿勢(歳差)の順番に並べなおして,仮想的に歳差光度曲線を得ることはできる.そのようにして得られた歳差光度曲線14)を図8に示す(◇印).
 歳差光度曲線できわめて興味深いのは以下の特徴だ.歳差する降着円盤が59°という極角で大きく手前に傾いている時期(Φ=0.5)は,降着円盤の上方から中心部がよくみえるので,明るさは最大になる.降着円盤が歳差をして真横なったころ(Φ=0.25, 0.75)は,降着円盤自体の縁に隠されて中心部がみえなくなり,明るさは暗くなる.さらに歳差位相Φが0(あるいは1)の時期は,ちょこっと明るくなっているのがわかる.これは,降着円盤の極角が,78.8°+19.8°=98.6°となって,90°を超えるために,今度は降着円盤を下方から覗き込む姿勢になって,中心部が少し覗きみえて明るくなるのだと推測されている.このことは降着円盤の形状に対して,かなり強い制限を与えるのだ.
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
   図8 V等級の歳差光度曲線14)5)
 
4.3.2 歳差のモデル光度曲線
 先のモデルを用いて,同じような手順で,仮想的な歳差光度曲線を計算するのは難しくない.
 歳差光度曲線の計算例を図8に示す5)(実線).図の横軸は歳差位相Φで,縦軸はV等級に引き直した明るさである.パラメータは,質量比Q=2で,トーラスの形状パラメータqは1.52,そして伴星の表面温度は17000Kである.また連星の公転周期は観測と同じ,φ=0.25とした.モデル光度曲線は観測をよく再現していることがわかる.
 もしトーラスの形状をあまり厚くすると,歳差位相Φが0の時期に降着円盤の中心部が(下方から)覗き込めなくなり,観測を再現できない.すなわち,どうやら,SS433の降着円盤/トーラスはほどよく厚いようだ.
 
5.今後の理論的な課題
 
 SS433の長年にわたる観測結果を重ね合わせて得られた光度曲線(食光度曲線+歳差光度曲線)を説明するために,トーラスモデルにもとづいて光度曲線をモデル計算した.実際にはさまざまな組み合わせについて計算し,質量比Q=M/Mが2程度,トーラスの形状パラメータqが1.52,伴星の表面温度Tが17000Kのものがもっとも観測をよく再現することがわかった5)
 ただし,まだ,公転運動と歳差運動はばらばらに扱っているので,公転と歳差を同時に動かして,前回紹介したCherepashchukらの見事な光度曲線を説明しようと現在試みているところである.伴星について言えば,コンパクト星側からの照射によって温度が高くなっていると推測されるが,きちんとした照射効果は考慮していない.降着円盤や伴星の周縁減光効果についても無視している.さらにジェットの可視光領域への影響もまったく考えていない.まだまだやることはありそうだ.
 ところで,SS433に関する2回の報告を書きながら,1983年の高岸氏の記事を読み返したのだが….この10数年いったい何がわかったのだろう? 学問の進歩は,通常は遅々としていて,たまにパラダイムシフトがあるだけなのだろうか.あるいは生命/遺伝子(ジーン)の進化における断続平衡説が,情報/模倣子(ミーム)の進化にも成り立つのだろうか.
 もっともそういう意味ではパラダイムシフトがまったくなかったわけではない.…実は数年前までは,SS433のトーラスは,サイズが大きくて厚みもかなり厚いと思っていたのだが(宇宙ジェットの形成にとっても,都合のよい形状だった),最近は,上で述べたように,サイズこそ大きいが厚みはそれほど厚くないのではないかと考え始めている.もしそうなら,ジェットのモデルもいろいろと再考を要するかも知れない.
 いや実際,SS433って美味しい天体で,もうすでに10人近くの卒論のテーマになったし,本のネタも提供してくれた.よしとしよう.
 最後にモデル計算の参加者をあげておく:古久保 学1)・山中考一1)・三分一清隆2)・中村真由美3)・阪口敏基4)・奥上将光4)5)・尾花好美5)・年吉雅美
 
         参考文献
 
1) Fukue J. et al., 1992, PASJ 44, 521
2) Sanbuichi K., Fukue J., 1993, PASJ 45, 727
3) 中村真由美他,1995,大阪教育大学紀要,44,175
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SS433 Trek 2: Light Curve Analysis
 
Jun FUKUE, Yoshimi OBANA, Masamitsu OKUGAMI
Astronomical Institute, Osaka Kyoiku University, Kashiwara, Osaka 582
e-mail:fukue@cc.osaka-kyoiku.ac.jp
 
Abstract: We have calculated theoretical light curves of SS 433 during eclipse and precession, using a model in which SS 433 consists of a geometrically thick torus around a compact star and a companion star filling the Roche lobe. In order to interpret a bright hump at the precession phase of 0 (the torus is seen from the "bottomside"), the configuration of the torus is not so very thick but should be mildly thick. Combinations of light curves during eclipse and precession impose several constraints on the physical parameters; a binary mass ratio, a torus configuration, and a surface temperature of the companion. The favorite combination is that the mass ratio is about 2 (a compact star is a black hole) and the surface temperature of the companion is around 17000K.