NHK視点・論点に出演の記(2003/07/11)

よりにもよって、何でまた、ぼくなんかに出演依頼が来たんだろう。 火星の専門家でもないのに、火星の話をして欲しいなんて、 うーん、プロデューサーの人が血迷ったとしか思えん。
それをまた、何が魔が差したか、引き受けてしまうなんて。 いくら頼まれたら断れない性格だからといっても、 うーん、プロデューサー以上に血迷っていたのはぼくらしい。
ともあれ、何がどう間違ったのか、 7月11日、夜10時50分から11時まで放映の、 NHK教育テレビ『視点・論点』に出演することになってしまった。 今年の夏の火星“超”大接近に向けて、火星の話題である。 以下はその顛末記である。


この番組はNHK教育テレビの夜の帯番組で、 政治・経済・国際・文化などさまざまな分野の話題について、 ゲストが一人で10分(正確には9分ぐらい)ほど、 問題点の指摘分析などを独自の視点から話すものである。 ウイークデーの夜は毎晩放映されるので、 放映当日の昼間に収録するという、 なかなかタイトなスケジュールである。 ぼくの場合は、前日の10日(木)に東京へ行って泊まり、 当日11日(金)の12時に、 渋谷のNHK放送センターへ出頭というスケジュールだった。

まぁ、もういまはすべて終わり、胃の痛みも取れたけど、 とにかく、6月中旬に出演依頼を受けた後は、ずーーと後悔しっぱなしで、 とくに直前の一週間は、後悔量が日々倍増した。
でも、後悔ばかりしているわけにもいかんので、少し前から、 火星に関する資料を集めたり、話のアウトラインを考えたり、 番組の途中で使うためのボード(これはNHKが作ってくれるのだが)を 作るための素材を探してNHKに送ったりしていた。

そして上京前の2日ほどは原稿の作成だ。 学会発表などでは、さすがに最近は慣れたというか横着になったというか、 講演原稿を作ったりすることはおろか発表練習さえしない。 しかし今回のものは、9分ほどで過不足なくしゃべらんとあかんし、 さすがに時間に合わせた読み原稿を作る必要があるだろうと思った。 実際、プロデューサーの人からは、 事前に、だいたい原稿用紙で7枚ぐらいですと言われていた。 またもちろん、原稿を棒読みもできんだろうし、 何度かは、読み練習が必要だろうとも思った。 ぼくとしては、大変な努力をしたもんである。

まぁ、読み原稿自体は、2日もかければ、十分推敲したものが作れるが、 原稿を推敲している間にも、だんだんと出演の実感が湧いてきて、 緊張はますます高まるばかりだ。 とりあえずは、もう現実逃避で、ゲーム『SILENT HILL 3』に没頭した。 しかしそれだけでは気分転換は足らず、プレッシャーに負けて、 上京当日の朝も、翌日の収録日の朝も、 ストレス性の下痢に見舞われる始末である。

前日の午後にフラフラの状態で京都を発ち、 東京へ向かう新幹線の中や、 NHKが取ってくれた放送センター前のホテルに入ってからも、 原稿の読み練習をしたが、実際、ホテルでは声に出して練習したけど、 ぜんぜん頭に入らない感じである。 時間の合間にしようと思って持参していた仕事も、 新幹線の中で済んでしまったし、 かといって、もっていった文庫本も読む気になれずに、 ホテルでは結局ボーッとテレビを見ていた。
ホテルで枕が変わると寝れない体質なのに、 前日の10日は、ストレス疲れのためか、 大丈夫かなぁと思いながらも、 11時には寝てしまった(^^;

渋谷のNHK放送センター
本来なら、受付とか、スタジオとか、いろいろ撮るところだが、 もー、いっぱいいっぱいで、まったく余裕ナシ。
前日に早く寝たので、8時には目が醒めてしまう。 でも、NHKへの出頭は昼頃で、それまですることないし、 原稿の読み練習を2回しただけで、後はボーッとテレビ見ていた。 でも、どんな番組だったか、まるで覚えていない。

出頭は12時の約束だったが、 ホテルは11時にチェックアウトだし、 まぁ、放送局の空気に慣れておこうかと思って、 11時にはホテルのすぐ前のNHKへ行く。
放送センターの西口から入って、受け付けの前のソファに座り、 1時間ほど空気を吸ったり読み練習したりしていたが、 慣れるどころか、よけいに緊張する。 おまけに、ブツブツ言ってる変なヤツと思われたのかどうか、 受け付けのお姉ちゃんがチラチラこちらを見ているみたいだ。
緊張が耐えられなくなったあたりでちょうど12時になったので、 さっきからこちらをチラチラ見ていたお姉ちゃんのところへ、 “あのぉ、今日の視点・論点に出演するものですが…”と申告しにいったら、 ちょっとホッとした顔で、“ああ、伺っております。ちょっとお待ちください”と、 担当の人を呼んでくれた。

ほどなく迎えに来たディレクターの人に案内されて、 8Fの解説委員室というところへ連れて行かれた。 応接室みたいなところで、原稿を見せて、 どこでボードを出すとか、簡単に進行の打ち合わせをする。 このときに、ぼくもはじめて番組用に作成されたボードを見たのだが、 手書きの資料や参考コピーを送っただけだったにもかかわらず、 ここらへんはさすがというか、とても綺麗に作ってあった。 火星人の絵なんかは、タコ型火星人のラフななぐり書きを送っただけだが、 きちんと背景もついて出来上がっていた。 ただ、地球の軌道と火星の軌道を説明するボードで使う、 地球と火星を意味するマグネットが少し薄くて、 掴みにくいし落としそうだし、不安が横切る。
でも、もうここらへんの段階になると、打ち合わせやなんやかやで、 あまりストレスを感じる時間自体がなくなっている。 ただ、プロデューサーの人が、“上着はどうしようかなぁ” と呟いたときには、少し焦った。 一応、『視点・論点』は、ぼくから見ても、少しカタイ番組そうなので、 ふだんはネクタイなどしないのに、当日は、 (地球に合わせた)薄緑のカラーカッターと、 (火星に合わせた)赤いネクタイをしていったのだが、 思った以上にカタイみたいで、ふつうは上着も着用するらしい。 あれれ;  “ま、夏だからいいか”ということになって一件落着した。

12時40分ぐらいにスタジオ入り。 まず最初にメイクだ。 10数年ぶりのメイクだけど、丁寧に塗ってくれたような気がする。 あまり意味がないけど髪まで梳いてくださった。
メイクが終わったら、カメラの前へ。 マイクを付けたり(されっぱなしだったけど)、 ボードの位置の調整をしたりするが、 この段階ではもう完全に頭が止まっていて、 スタジオを見回すようなゆとりもまったくない。 実際、後で放映されたものをみたら、 ぼくの背後には、それらしく本などが並んでいるのだが、 そんなものがあるとはまったく気づいていなかった。 用意していた読み原稿を机の上に並べ (結局、一度もみる余裕がなかったが)、 カメラの方向を教えてもらい (結局、ほとんどカメラ目線にならなかったけど)、 じゃぁ、とりあえず、マイクテストということになる。 え、もうやんの、もっと準備かなんかしてよぉ。

ところが、マイクテストの直前に、 原稿の冒頭にチェックが入ってしまう。 ちゅうのは、もともとの原稿では、 ぼくも火星の専門家ではないので、 エクスキューズとギャグを兼ねて、 “今年の夏は火星が超大接近するということで騒がれています。 ぼくは火星についてはそれほど詳しいわけじゃないので、 ここで話すのも少しアドベンチャーだなぁと思いますが、 でも、逆にいえば、みなさんと同じように、 火星にはごくふつーに思い入れがあります。 それは火星人そして宇宙人ですね。 でも、その前に、少し予習してきたことを話しましょう。” なんていうフレーズがかましてあったのだ。 この“アドベンチャー”のあたりは、 少し変えてもらえませんか、というチェックが入った次第。
まぁ、このあたりになると、ぼくも、 『視点・論点』がかなりカタイ番組だというのがわかってきていたので、 変えることにはまったく異存はなかったけど、 でも、もう頭はパニックである。 すぐに1、2分程度のマイクテストに入ったけど、 もう、噛みまくりでさんざん。 だけど、マイクテストのおかげで、 逆にあきらめの心境に達することができたかもしれない。 またADさん(?)から、少しぐらい間違えても構わないので、 言い直して、そのまま続けてくださいとも言われた。 これも大変ありがたかった。

そして本番。 冒頭の部分は、 “今年の夏は火星が超大接近するということで騒がれています。 ぼくも天文学を仕事にしているので、 ときどき火星を見る機会はありますが(うそじゃない)、 今年はとくに明るく輝くということで、 ぼくもドキドキしています。 また同時に、おそらくみなさんも同じだと思いますが、 火星に対してはとくに思い入れがあります。 それはもちろん火星人ですね。その前に・・・” てな感じに直したが、 実際、このときには、ドキドキどころのレベルじゃなくて、 まじで心臓がドクンドクン脈打っていた。
幸いに、前半は、 今年の火星の接近がとくに“超”大接近と呼ばれるわけとか、 どれくらいの感じで大きく見えるのとか、 さらにH.G.ウエルズの描写した火星人などの話を、 ボードを使ってする段取りだ。 カメラは主にボードを映しているし、 こちらもボードの説明なので、 数箇所いい間違ったけど訂正しながら話を進め、 まぁ、それでも比較的心は落ち着いていた。
しかし、真ん中へんの後半にいくあたり、 火星の“運河”の由来に関連して、 スキャパレリとかローウェルの話をしているあたりで、 何だかごそっと言い忘れた気がする。 何をいいそびれたのかはわからないけど、 何だか足りないことだけはわかっているのだ。
あれぇ。である。めちゃくちゃ不安だ。
おそらくマイクテストで噛みまくっていなかったら、 ここでストップしてしまったかもしれないけど、 とりあえず、ええいままよで先を続けた。 でも、心臓はふたたび早鐘状態である。 とにかく、何とか、後半、 のぞみなど火星探査のこととか、宇宙人のこととか、 人類のことまで、喋り終えた。

収録が終わり、ディレクターの人がOKを出したのも夢うつつである。 “何だか言い忘れた気がするんですが” “え、そんな感じじゃなかったですよ、話はつながっていましたよ”
原稿をチェックしてみたら、うわぁ、 細かい文章は何箇所も落ちている上に、 やっぱり、真ん中へんで、小さい段落が2箇所ぐらい、そっくり落ちていた。 幸いにも、抜け落ちた段落は、補足説明的な部分だったので、 なくても話はつながったらしい。 不幸中の幸いである。 おまけに片方は少しギャグ的な段落だったので、 言い忘れて、さらに幸いだったかもしれない。

とにもかくにも、これでいいのなら、とOKにしてもらった。 というか、撮りなおしなど、到底無理だ。 10分間でもてる気力体力をすべて使い果たしてしまった。 もう、胃はさっきからシクシクするし、ヘロヘロである。 これ以上は続かない状態だったので、一も二もなかった。

収録後はすぐに、調整室みたいなところで、 全体をリプレイして確認するのだが、 これもまた恥ずかしい。 顔から火が吹き出かけたところで、 メイクの人が化粧を落しに来てくれて、 何だか塗られて冷たくて気持ちよかった。 スタジオを出たのは1時40分ぐらいだったから、 地獄のような試練の時はちょうど1時間くらいだった!
スタジオからふたたび解説委員室に戻り、 コーヒーをいっぱい飲んだ後に、 プロデューサーの人に送られてNHKを後にする。 もうほんとに逃げ帰りたい気分だ。 でも、よくよく思えば、どーもくんぐらい貰えばよかった(笑)。

はぁー、いくら血迷ったとしても、 もうこんなストレスのかかる仕事は受けないことにしよう。 ほんとに寿命が縮んだ気がする。

後日談:
知り合いに見られるのは恥ずかしいし、 見られると思うだけでますますプレッシャーになるから、 出演のことは(親以外には)まったく伏せておいた。 が、後日、いろいろな人から言われた: “見ましたよ〜〜”。おかげで月曜日は汗をかきっぱなしだった。 当日の新聞TV欄に小さく名前が出ているのに気づいた何人かが、 周辺に携帯やメールで情報を回したらしい(気づくなよぉ)。 げに恐ろしきは携帯メール。


テレビの画面:完全に目が泳いでいる(^^;