降着円盤/Accretion Disk

ブラックホールのまわりの降着円盤
(相対論的効果でゆがんでみえる)

降着円盤accretion disk)とは, 原始星(MS)・白色矮星(WD)・中性子星(NS)・ブラックホール(BH)など, 重力をおよぼす天体のまわりに形成された回転ガス円盤のことです. 宇宙のさまざまな階層で発見されており, 星形成やX線星やクェーサーや宇宙ジェットなど, しばしば活動的な現象を引き起こしていると考えられています.

降着円盤の描像

降着円盤を構成しているガスの主成分は電離した水素ガスすなわち水素プラズマで, ヘリウムや他の重元素も若干含まれています. 基本的なモデルでは,降着円盤は平べったく軸対称な円盤状で, 光に対しては不透明です. 直観的には中心の天体のまわりを回転している“平たい星”をイメージすれば いいでしょう.

さて激しく回転している降着円盤では,ガス同士が互いに接しているために, 隣接するガス層の間で(回転角速度が違うため)摩擦が働きます. その結果,ガスは加熱され,電磁波を放射し始めます. ガスの回転速度は中心に近いほど大きいため,加熱の割合も中心ほど大きく, ガスの温度は中心に近いほど高くなります. またガスは,その温度に応じた電磁波を放射するので, 降着円盤の外部領域では赤外線が, 中心に近くなると可視光線がさらには紫外線やX線が放射されます. この降着円盤からの電磁放射が,激変星やX線星そして活動銀河の 明るさの根源(の一つ)なのである,と信じられています. このエネルギーはどこからきたかと言えば, 中心の天体に対してガスが持っていた位置エネルギー すなわち重力エネルギーで,それが降着円盤内で摩擦を通して解放されたのです.

半径の隣り合うガス層の間での摩擦は,同時に,角運動量の輸送にも働きます. すなわち回転角速度の早い内側の層は, 少し回転角速度の遅い外側の層と相互作用することによって, 角運動量すなわち回転の勢いを少し失い,さらに内側の軌道に移ります. 角運動量を得た外側のガス層は,それをさらに外側へ伝えていきます. こうしてガスは降着円盤の中を回転しながら, 次第に中心の天体へ向かって落下していき, 一方,ガスの角運動量は降着円盤の内部を外側へ輸送されていくのです. そのままだと降着円盤の内部のガスはすべて中心の天体に落ち込んでしまいますが, 常に外部からガスが補給され続けることによって, 降着円盤がその姿を保ち定常的な状態が維持されます.

以上が,中心天体のまわりの降着円盤の基本的な描像です. 中心天体と降着円盤のシステムは,身近な例では, 川をダムでせき止めて建設した水力発電所とその機構は等しいといえます. すなわち,河の落差が中心の天体のつくる重力勾配に,ダム湖が降着円盤に, 川をせき止める機構(ダム)がガスの回転で,タービンが摩擦に対応します. 中心の天体と降着円盤のシステムは,まさに宇宙の「重力発電所」なのです.


降着円盤天体の例

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天体         中心天体    ガスの供給  成分    
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土星の輪       土星      ?      氷粒子   
イオ         木星      イオの大気  イオウなど 
B型輝線星      B型星     恒星大気   水素    
原始星円盤      原始星     分子雲    水素,塵粒子
激変星        白色矮星    伴星     水素    
X線星        中性子星    伴星     水素    
ブラックホールX線星 ブラックホール 伴星     水素    
活動銀河       ブラックホール 星間ガスなど 水素,塵  
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原始惑星系円盤

星間ガス雲から星が生まれるとき,最初にわずかな回転運動をもっていたら, ガス雲の重力収縮に伴って回転も増幅される. その結果,中心に誕生した原始星(protostar)の周辺には 偏平な回転ガス円盤が形成され,それはやがて惑星系へと進化していくことになる. このようなガス円盤を原始惑星系円盤(protoplanetary disk)と呼ぶ.

電波や赤外線の観測によって星の誕生現場がつぶさ観測されるにしたがい, 原始惑星系円盤やその前段階のガス円盤がぞくぞく見えてきた. ごく初期(1985年頃)に発見されたもっとも有名なものが, おうし座のL~1551と呼ばれる天体である. このL~1551では,赤外線で観測されるIRS~5(赤外線源5)という原始星の近傍から, 秒速約15kmの速度で宇宙ジェットが吹き出していることがわかっているが (一酸化炭素COの出すミリ波の電波輝線の観測による), さらにその宇宙ジェットの垂直な方向にガス円盤が発見されている (一硫化炭素CSの出す電波輝線の観測による). 原始星周辺で多数発見されているこの種のガス円盤は, まだ一部重力収縮の段階にあるが, 何万年か何十万年か後には原始惑星系円盤へと進化していくだろう.

また赤外線天文衛星IRAS(アイラス)は,近傍の星のまわりに1ダース以上も, 赤外線を放射している塵の円盤を発見した. たとえば1983年には,こと座α星(ヴェガ)のまわりで, 80天文単位ぐらいの拡がりをもった固体微粒子でできた塵円盤を見つけている. またIRASは、がか(画架)座β星のまわりにも、半径400天文単位にもおよぶ 真横を向いた塵の円盤を検出している. これらの塵円盤は,かなり後期のものだと思われる.


近接連星


激変星

白色矮星と(たいていは)赤色星の伴星からなる近接連星で, 新星に代表されるような激しい活動が白色矮星の周辺で起こっているものを, 激変星(cataclysmic variable)と呼んでいる. 激変星では,伴星から白色矮星の周辺に流れ込んだ赤色星のガスが, 白色矮星の周辺に降着円盤を形成して, その降着円盤が活動の原因になっていることがわかっている.

激変星は長年にわたり非常に詳しく観測されていて,測光観測や分光観測などから, ふつうの星とは少し異なる連続スペクトルや二重のピークをもった線スペクトルなど, 降着円盤特有の光の出方が詳しく観測されており, 激変星における降着円盤の存在は確実である. 現在では,掩蔽に伴う明るさの変化やスペクトル線のドップラー分析から, X線CT(X線コンピュータ断層診断)の要領で, 降着円盤表面の明るさ分布や運動状態などまで推定されている ---ドップラー断層診断(Doppler tomography)と呼ばれる.

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X線星

中性子星あるいはブラックホールとふつうの星からなる近接連星の場合, ガスはより高温になってX線の領域で活動が起こるため, しばしばX線星(X-ray star)として観測されることになる.

掩蔽に伴う明るさの変化やX線スペクトルの分析などから, X線連星においても降着円盤の存在は確実であり,実際, X線連星の大部分では,降着円盤が重要な役割を果たしていることがわかっている.

さらに最近では,X線スペクトルの細かな構造や時間変動などから, 中性子星やブラックホール近傍での降着円盤の詳しい構造が推測されつつある.

X線連星としてもっとも有名なものは, 1971年に発見されたはくちょう座X-1(Cyg~X-1) と呼ばれるブラックホールX線連星である. Cyg~X-1は,O型の青白い超巨星とブラックホールからなる公転周期5.6日の近接連星で, O型超巨星の質量は太陽の30倍程度,ブラックホールの質量は太陽の10倍程度 と見積もられている.


活動銀河核

光で見ると星のような点状の天体として見えるが,スペクトルには強い輝線が存在し, しかもそのスペクトル線が非常に大きな赤方偏移を示す天体を, クェーサー(quasar)と呼んでいる. クェーサーはきわめて遠方の銀河の活動的な中心核だと考えられている. たとえば,もっとも有名なクェーサー3C~273の場合, 見かけの明るさ(13等級)と赤方偏移(0.158)から見積った距離(約25億光年)から, 3C~273の放出しているエネルギーは毎秒 $10^{40}$~Jぐらいになる. すなわち,3C~273は普通の銀河(毎秒 $10^{38}$~J程度)の100倍も明るいのだ. しかもクェーサーはこのような莫大なエネルギーを ほんの1光年程度のきわめて狭い領域から放射しているのである.

このようなクェーサーを代表として, 中心核がきわめて活発に活動している銀河のことを, 現在では,活動銀河(active galaxy)と総称している. 1963年にクェーサーが発見されて以来,活動銀河のエネルギー源は大きな謎だったが, それを解決したのが, 超大質量ブラックホールとそのまわりの降着円盤というモデルなのだ.


最近になって,このような活動銀河中心のガス降着円盤が, ハッブル宇宙望遠鏡HSTによって,つぎつぎと解像され始めた.

巨大楕円銀河M~87の場合: M~87は,おとめ座の方向にあるおとめ座銀河団の中心に位置する, ふつうの銀河の10倍くらいの大きさの巨大な楕円銀河である. 1994年,HST搭載の広視野惑星カメラでM~87中心が電子撮像され, 中心に渦巻くガス円盤がはっきり写し出された. M~87までの距離(約5900万光年ほど)から,ガス円盤の拡がりは数十光年にも達する. さらに,ガス円盤からやってくる光のスペクトル分析によって, ガス円盤全体の回転運動が見い出され,その結果, ガス円盤中心のブラックホールの質量は,太陽の約30億倍と見積もられている.

楕円銀河NGC~4261の場合: NGC~4261は,地球から4500万光年離れた, おとめ座銀河団にあるもっとも明るい銀河の一つである. 電波でみえる長大なジェットを有する. ハッブル宇宙望遠鏡HSTは,このNGC~4261中心の降着円盤も見事に解像した. 観測はやはり広視野惑星カメラで行われ, 半径200光年におよぶ予想外に巨大なガス円盤を暴き出したのだ.

NGC~4258(M~106)の場合: りょうけん座の渦状銀河M~106(NGC~4258)でも大発見があった. 比較的低温のガス中に含まれる水蒸気の分子が, ある特定の波長の電波を放射する水メーザーという現象がある. 野辺山宇宙電波観測所の45m電波望遠鏡を用いた水メーザーの観測や, アメリカの電波望遠鏡ネットワークVLBAを用いた電波観測から, M~106中心で水メーザーを放射しているガスの運動や分布などがわかったのだ. そして,その運動解析の結果,M~106の中心に, 巨大な降着円盤と太陽の3600万倍ものブラックホールが存在することが 明らかになったのである.


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