『天文月報』200巻特集号の記事
「二百年目を迎えるブラックホール天文学」
by福江 凛
についての解題と専門的補遺
2008/01/01

パロディ版『天文月報』200巻特集号の記事として、 「二百年目を迎えるブラックホール天文学」 というものをしたためた。 パロディの解説というのも無粋だが、かなり虚々実々を混ぜたので、 どこまでがホントでどこがウソかわからないという声も聞くし、 ウソの部分もそれなりに意味があるので、 専門的な補足も含めて、少し長い解題をしておこう。

■全体設定■

まず全般的な設定としては、百年前が明治時代だったことを考えても、 百年後も社会体制や人のあり方はそんなに変わっていないと推定して、 社会的文化的設定を行った。 ただし、科学技術は相当に進展するだろうから、 裏設定で簡単な年表を作り、執筆途中も年代部分だけ、 何度も変更して、全体的にあまり違和感がない進歩設定にした。 もっとも、他の記事とできるだけ矛盾が生じないように、 ぼくの原稿を他の執筆者の方にも回覧されたのだが、 みな好き勝手に書くのだから、全体の整合性を取るための 和田編集長の取りまとめは大変だったと思う。

また科学的内容に関しては、基本的には、 執筆時点より過去の記述はすべて実在の研究によるもので、 執筆時点より未来の記述は推測したものだが、 まったくデタラメな憶測ではなくて、 現在の知識をできるだけ敷衍したものである。 場合によっては計算もしてグラフなどを作成したものもある。 したがって、論文数本書くぐらいの手間暇がかかった感じだ。 しかし、こんなに楽しく記事を執筆できたことは初めてだし、 おそらくこれ以上の満足できる記事を書くこともないような気がする …それも困るか(笑)。 (そういう意味でも、少し解題をしておきたいと思った)。

で、個別の解題として:

■タイトル■

タイトルはまぁそのまんまとして、署名は上に書いたとおりの推定で、 社会体制はいまとあまり変わらないと考えて福江性を残した (ペンネームにしても内容からどうせバレバレだし)。 4代後の子孫設定で、一字の名前をいろいろ考えて付けた。 20年ぶりぐらいに子どもの名前を命名した気分である(笑)。 “宇宙潜艦ヤマトV”はいまさら書かなくてもいいだろうが、 てんびん座にしたのはグリーゼ581が念頭にあったため。 なお、写真代わりの自画像は一茶さんからいただいた。

■1節 創刊200号へ寄せて■

百年後だから自律アンドロイドぐらいできていると思って、 ペルソナを設定したが、この記事を書いた後に、 デイヴィッド・ブリン『キルン・ピープル(上下)』 が出て、 同じ設定なので驚いた。 自律アンドロイドやアヴァタはSFではありふれた設定だが、 『キルン・ピープル』を先に読んでいたら、 違う設定にしたかもしれない。 だって、ブリンのSFにはとうてい敵わないもん(笑)。 なお、探査船の目的地グリーゼS8!cは、 4月くらいに発見されたグリーゼ581cのもじりだが、 これはわかっただろうなぁ。 実在の581cや581dは地球より少し大きい地球型惑星と推測されているが、 酸素があるかどうかは確認されていない。

社会設定は上に書いたとおりで、日本も世界も、 まだそんなに変わっていないと思っている。 身体が3つ欲しいのは本当の気持ちだが、 でも実際に3つあったとしても、 仕事が3倍になるだけだろうなと、 少し冷めた思いもある。 でも、ペルソナ#3娯楽支援や#4恋愛支援は欲しいかもしれない。

宇宙施設はあれこれとサクサク出たけど、 高エネルギー天文コンプレックスである シジンをどこに設置するかで少し悩んだ。 地球の影響がない点では地球月系のL2はいいが、 重力波干渉計の基線長を取るためには、 太陽地球系のL4などの方がいいからだ。 まぁ、日本の装置は小回りが効くのがお家芸なので、 手近だが小粒でピリリと辛いものに設定した。

図1のシジンのエンブレムは、この記事のために作成したもので、 彗ハートさんに下絵を描いてもらい、ぼくが主線を引いたり彩色した。 後で使い回すためにカラーで彩色したが、 (実際、割と気に入って、プレゼンテーションなどで再利用している)、 白黒に落としてもわかるように、グラデーションをかけるなどしてある。 ただし、背景を黒にしたため、玄武は白っぽくせざるを得なかったが、 本当はもっと黒っぽいと思う。 シジンのセンターハブは、 宇宙ステーション的に円盤状ないしドーナツ状のものを探したが、 ふと回りを見渡すと、プレゼントのカップがあったので、 黒地をバックにその写真を撮って少し加工した。 よーく見ると、微妙に右の方に顔が描いてある。 もとの絵は、晋4さんと一鶴さんによる。 いろいろ凝ったので、この図を描くのが一番時間がかかったが、 モトは十分に取っているかな〜♪

■2節 量子重力理論の展開■

たまたま同じ時期に、 リサ・ランドール『ワープする宇宙』 の書評をして、 とても面白く勉強になっていたので、この節では本論から少し話を広げた。 もちろん、ウィッテンとランドールの記述は実際のもので (M理論のMihoは別だが)、また湯川秀樹のマルと素領域もホントの話。 だから超ひも理論が「超まる理論」になってもおかしくないと思うし、 「クロノン」と「余剰時間」(こちらは高次元時空の余剰空間から)も、 現在のひもを時間方向に素直に発展させただけである。 ただし、このあたりについては門外漢なので、理論的根拠はない。

図2の上側は現在の概念で、下側は推測にもとづいて描いた概念。 なお、JJカトウは加藤正二先生に敬意を表したもので、 Y.AV.カトウとは無関係(一部笑?)。

■3節 ウルトラノヴァの発見■

中性子星のチャンドラセカール質量は、 高密度物質の状態方程式が不完全なため、 現在もまだ正確には求められていない。 あまり詳しくはしらないが、 高密度物質や縮退物質の相互作用が複雑すぎるのだろう。 だから量子コンピュータがあれば解けるんじゃないかなぁ〜(適当)。 ちなみに、量子コンピュータは、まだ実用段階には至っていないものの、 すでに実現はしているようだ。そこらへんは セス・ロイド『宇宙をプログラムする宇宙』 あたりに詳しい。

図3の破線は現在得られている関係だが、 状態方程式によって、いろいろ違いがある。 ただし、白色矮星の同種のグラフから想像して、正確に決まれば、 おそらく実線のようなグラフになるだろうと予想した。 また白色矮星の質量と半径の間には、 ナウエンバーグ(E. Nauenberg)の式というものがあるが、 中性子星に対するノーマン(J. Noman)の式は架空 (だからNormanでなくNo-man)。 でも一応、図3の説明中のノーマンの具体的な式は、 ナウエンバーグの式を参考にして、 図3の実線にある程度は合わせた関係式にしてある。

星の進化の最終段階の話は参考文献の実在論文にもとづいたもので、 現在の研究でわかっている最新のシナリオである。 ただし、初期宇宙の重元素を含まない星(ゼロメタル星)の話なので、 重元素が入ると少し修正されるかもしれないし、 質量放出の細かいプロセスによっても変わるだろう。

ガンマ線バーストの原因であるハイパーノヴァが起こるとき、 そのエンジンであるファイアボールの中心には、 高密度の降着円盤が形成されると想像されている。 現在はしばしば、幾何学的に薄い高密度降着円盤が想定されるが、 ぼくは幾何学的に厚い「中性子トーラス」になるだろうと思っている。 トーラス内部で発生したニュートリノが、 トーラス軸上のファンネル内で対消滅すれば、 細く絞られたファイアボールを作るのは楽勝である。 自分で計算するスキルがないのが悲しいが、 実際に上記のような研究をしている人もいるので、 いずれにせよ、ここらへんの話は、数年以内に片が付くだろう。

図4は、手元のありあわせのものを組み合わせたが、 トーラスの形状は適当である。 なお、2009年にPASJで中性子トーラスの論文を発表する予定の ラッキー(B. P. Lucky)はアメリカ人で、ミドルネームはBay。

また、ハイパーノヴァより規模の大きな「ウルトラノヴァ」は、 いまはまだ架空の存在だが、実際に、そんな超特大の超新星が見つかれば、 スーパー(超)、ハイパー(極)のつぎは、ウルトラ(特)しかなかろう。 ただし、日本語にするときは、本当は、 超新星、極新星、特新星の方が気持ちいいのだが、 極超新星がデファクトスタンダードになってしまっているので、 悪語ではあるが特超新星とした。 なお、ウルトラノヴァは、理論的には、 電子陽電子対不安定超新星が相当するのもリーズナブルだと思う。 一番悩んだのが、発見年で、こればかりはまったく予想できなかったので、 つぎの百年の中で、年代が跳んでいてブランクがあるあたりに入れた。

■4節 ブラックホール現象■

ブラックホールの性質については、有名な定理に、 毛がないホイーラーの毛なし定理(no hair theorem)というのがある。 それを日本語的に意訳したのが「おばQ定理(three hairs therem)」で、 これは長年使っているから、そろそろ和製用語として定着しないかな〜♪ 分類もほとんどホントだが、中間質量ブラックホールは、 現在の概念とは違っている、が、こっちの方がそれらしい(?)。

ライスナー=ノルドシュトルム・ブラックホール自体は理論的にあるが、 マイクロレンズで色収差が起こるかどうかは不明。 というのは、本来の重力レンズ効果は、色消し(アクロマティック)で、 あらゆる波長の電磁波をまったく同じ曲げ方をする。 すなわち、いわゆるレンズでいう色収差はない。 でも、帯電したライスナー=ノルドシュトルム・ブラックホールなら、 色収差ぐらいあってもいいかなと思ったが、いま考えると、 電磁波の偏波やファラデー回転の方がよかったかもしれない。 またブラックホールが帯電するための 「放射圧起動電荷分離不安定CSI」は架空の理論だが、 放射圧によってプラズマの荷電分離が起こり電流が流れる話は、 どこかで聞いたり考えたりしたことがあり、十分に可能なメカニズム。

図5もポンチ絵なので、まぁ、適当に描いたものだが、 一応、うまくいけば、番号の順にCSI機構が働くはず(笑)。 なお、2042年にEASJ(電子版PASJ)にCSI理論を発表する予定の グリュックブヒト(J. Gluckbucht)はドイツ人だが、 日本語では“幸運の入り江”の意味。

銀河系中心のにブラックホールいて座A*があるのは周知の事実で、 そのブラックホールシャドウの撮像がVSOP2の目玉であることも有名だろう。 ただし、実際に研究している人は、周囲の希薄プラズマが邪魔して、 あまり鮮明に見えないだろうと考えていると思う。 でも、ブラックホールシャドウは、20年前は、 まったく理論上のもので、色物扱い・際物扱いだったが、 観測可能性が真剣に議論される時代まで生きていられてよかった(笑)。 宇宙電波干渉計は、VSOPハルカに続き、 VSOP2カナタノ、VSOP-Xドコカとなるシリーズ設定だが、 さすがに、カナタノとかドコカとは名付けてくれないと思う。 この記事が出た少し後に、 VSOP2国際会議 が相模原の宇宙科学研究所であったのだが、 VSOP2やVSOP-X(VSOP3)どころかVSOP5まで予定している人もいた。

図6の原図は、図の説明にもあるΠ.凹太さんからもらった。 表紙にも使っていただいて、借用したぼくとしても、嬉しい限りである。 なお、O.Pi.のミドルネームの意味がわかるのは、3人ぐらいかもしれない。 ていうか、上記の国際会議で本人に“わかったぁ?”って訊いたら、 わかってなかったよぉ。

ソーン=チトカウ天体はちゃんとした研究がある話で、 中性子星を飲み込んだ星の内部構造はきちんと解かれている。 ソーン=チトカウ天体のブラックホール版も面白いと思うが、 やはりスキルがないので問題が解けないのが残念。 て言ってるうちに、数日前、Astro-PHに、 Begelman M. C. et al. "Quasistars: Accreting black holes inside massive envelopes", 2007, MNRAS in press. なんて論文が投稿された。そのまんまだ。なかなかショックである。 どんなにいいアイデアを出しても、あちこちで吹聴しても、 きちんと論文にまとめて学術誌に掲載されない限りは、 プライオリティ(先取権)は認められないのが学問の世界である。

図7で示している巨星内部におけるブラックホールの運動は、 以前、地球内部のマイクロブラックホールの運動を解析したことがあり、 その結果を流用したもので、架空の理論だが、だいたいこんなもんだと思う。というのは、星がブラックホールを飲み込むと、なんとなく、 ブラックホールがあっと言う間に星全体を吸い込んでしまいそうだが、 実際には、降着ガスが光り出すので吸い込みは抑えられ、 最大降着率と予想されるエディントン降着率の場合だと、 星全体を吸い込むのに、いわゆるエディントン時間がかかるので、 軽く数千万年はかかると見積もられるからだ。 一方、ブラックホールの運動は星の力学的時間なので、 図7にあるように軌道運動の間には軌道減衰は目立たないはずである。

人工ブラックホールについては、これはまぁ、 ホーキング放射とかヒグシーノという用語は散りばめてあるものの、 まったく架空の理論と言っていいだろう。 でも、「ブラックホール別腹化」はあったら面白いと思うでしょ。 もっとも、図8はホーキング放射による蒸発時間をグラフにしたもので、 別に架空の理論のグラフではない。 図8の説明にある式もホーキング放射の式そのままである。

■5節 ラスト降着円盤■

ここは実は元ネタとしては、初期宇宙に形成されただろう 「最初の降着円盤(first accretion disk)」があった。 この記事を書いている前後に、学生と少し計算して、 最初の降着円盤の描像を投稿したのだが、残念ながら、 論文は最終的にリジェクトされてしまった (簡単すぎるけど面白いと思ったんだけどなぁ)。 そのため、原稿の段階では参考文献はsubmittedだったけど、 校正の段階でunpublishedに変えたという、 語るは涙聞くは笑いの、とても悲しい逸話が残っている。

で、その反対の極が宇宙最後の「ラスト降着円盤」。 まず、地球の未来から物質の未来までの宇宙の未来予想は、 これはだいたい現在の知識で予想されている未来である。 そしてラスト降着円盤のうち、 最後のバリオン降着円盤である「重元素降着円盤」は、 1970年代末にパチンスキーらが提案した 縮退物質円盤が原イメージである。 まぁ、理論的には、宇宙の最後とは言わず、 宇宙のどこかにあってもおかしくない代物である。

図9のスペクトルは、標準円盤モデルにもとづいて、 一応、円盤黒体放射をきちんと計算してある。 図9の説明にある重元素量の定義は、勝手に作ったものだが、 現在の重元素量や種族IIIの重元素量などを比べて決めたもので、 対数的なこの定義でかなりいい近似になっていると思う。

また最後のレプトン降着流である「ポジトロニウム降着流」は、 ポジトロニウムの崩壊時間などは確認したが、 実際に超特大降着流ができるかどうかは不明。 陽子などバリオンが崩壊した後のはるかな未来の宇宙では、 電子やニュートリノなどのレプトンと光子だけになると想像されているが、 そんな先のこと、だれもわからんっちゃわからん。

図10に示したビリアル温度は バリオンとレプトンの質量の比(約2000倍)だけで決まるはずなので、 ほぼ断熱的な降着であれば、これで正しいと思う。 対数で表した温度分布が完全に直線ではなくて、中心で少し高いのは、 一応、相対論の効果を擬ニュートンポテンシャルで考慮してあるため。

なお、2018年にEASJで最後の降着円盤モデルを提案するはずの シャンスバイエ(J. Chancebaie)はフランス人で、 日本語ではやはり“幸運の入り江”の意味である。 まぁ、ここまで来たら誰でもわかるだろうが、 かなりの名前は“福江”のバリエーションだ。 実は、当初は、いろいろな人名をもじって入れていたが、 名前を工夫するのがだんだん面倒になってきて、 結局、ほんの数人だけ残したものである。 よく聞く話だが、たしかに物語を作るときには、 人名の命名が格段に難しいと思う。

■最後の部分■

最後の部分の基礎理論の発展について、 ぼくが理解している範囲内ではあるが、現在の流体理論においては、 ここに挙げた問題などが基礎的な未解決問題だと思う。 これらのどれか一つでも解決すれば、ノーベル賞ものではないだろうか。 なお、もちろん、エド和田(Editor Wada)は、 こんな面白い企画を考えてくれた和田編集長に敬意を表してのこと。 ほんと、こんなに熱中したのは久しぶりでした。

なお、最初の原稿では、英文のアブストラクトもついていたが、 全体と揃えるために削除した。 カラー版では残してある。


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