93環境.JXW 1993 1103, 1114ー1117
95環境.JXW 1994 1109, 1124, 1129
 
               銀河中心核文明(降着円盤文明)その1
         降着円盤をめぐる惑星の居住環境
 
福江 純
<大阪教育大学天文学研究室 〒582 柏原市旭ケ丘4−698−1>
e-mail:fukue@cc.osaka-kyoiku.ac.jp
 
活動銀河中心核の降着円盤(外縁部)が最近どんどん見つかり始めた.恒星の空間密度がきわめて高い銀河中心では,それに比例して惑星の存在確率も高いと予想されるが,一方で,変動指数が高いため(地球型)生命の存在にとってはかなり荒々しい環境と考えられる.そこで本稿では輻射場/平衡温度の観点から,超大質量ブラックホールを取り巻く降着円盤周辺でのハビタブルゾーンの問題を検討してみた.標準降着円盤の場合,ブラックホールの質量が太陽の1億倍程度なら生命は生存できそうである.
 
1.降着円盤文明
 
 10年ほど前に,ハードSF研究所の公報上で,活動銀河中心核などに存在する降着円盤の紹介をかねて,降着円盤周辺での高度宇宙文明について,ちょっとだけ議論したことがあります(福江1986)……なんだかもうずっと昔のことのような気がしますが.銀河中心領域やそこでの高度宇宙文明の形態については(おそらくSFではそれほど珍しい話ではなく)かなりあちこちで議論されていると思いますが,そこに降着円盤という要素を持ち込んだらどうなるだろうかという点に,解析する価値があると考えたわけです.もっとも降着円盤が出て来るSFも,ベンフォードなんかがたくさん書いていますし,最近では,山本弘さんたちのSFで銀河系の中心核領域が実にヴィヴィッドに描かれています.
 この降着円盤文明の解析も忘れていたわけではなく,ときどき思いだしたようにノートを広げてたんですが,忙しかったりで,なんとなくそのままにしていまして……山本さんたちのSFを読んでウーンとうなってしまったというのもあるんですが.が,本業(?)の天文学の方で,最近また,降着円盤周辺の輻射の問題などを扱っていることもありまして,ここで心機一転,降着円盤周辺からの輻射場で支持される浮遊プラットフォームの問題などについて,若干の検討をしてみました.
 ものの順序として,一応,
@降着円盤の輻射場と惑星の居住環境
Aサンフックの降着円盤版
Bソーラーセイルの降着円盤版
を考えていきます.今回は,降着円盤周辺の物理的環境の整理をかねて,@についてまとめてみました(図1).以下,2節で,降着円盤から放射される輻射の特徴,3節で,降着円盤近傍の惑星の温度,そして4節で惑星が受け取るスペクトルについて考えます.なお,本稿を読まれる前でも後でもいいですから,是非『サイバーナイト』を読まれることをお勧めします.
 
2.降着円盤の輻射場
 
 降着円盤は,ブラックホールなどの中心天体のまわりを回転する(幾何学的に薄い)ガスの円盤である(図1).もっとも単純な描像としては,円盤状の星だと考えてよい.ただし,太陽のような普通の星との大きな違いとして,つぎの2点が挙げられる.
 @形状:太陽は球状なので,どの方向でも放射は均一だが,降着円盤は文字どおり円盤状なので,方向によって受ける輻射量が異なる.
 A表面温度:太陽の表面温度はどこでも同じと考えてよいが,降着円盤の表面温度は場所(半径)によって異なる.
 以上の点に注意しながら,太陽の場合と同じようにして,降着円盤の光度,周回惑星の温度,降着円盤の放射スペクトルの特徴と惑星が受け取るスペクトルについて考えてみよう.
 
2.1.表面温度と円盤光度:標準モデル
 標準的な降着円盤モデルでは,降着円盤の内部で発生した熱−ガス同士の摩擦熱−は,その表面から黒体輻射の形で放射されている(図2).ただし,内部で発生する熱量は,中心からの距離によって異なるため,表面の温度も中心からの距離の関数である.
 降着円盤の中心のブラックホールの質量をM,単位時間当りの質量降着率をM,降着円盤の内縁の半径をrin,そして降着円盤中心からの距離をrとすると,降着円盤の単位時間・単位面積当りのエネルギー発生率Qは,
   3GMM    rin
 Q=−−−−[1−(−−)1/2]   (1)
   4πr     r
である.一方,半径rにおける降着円盤の表面温度をTとすると,表面から単位時間・単位面積当りに放射される輻射エネルギーは,
   2σT            (2)
となる(因子2は,円盤には上面と下面があるため).これらが等しいと置いて,降着円盤の表面温度Tは,
     3GMM     rin
 T=−−−−−[1−(−−)1/2] (3)
    8πσr     r
となる.内縁近傍を除くと,降着円盤の表面温度は半径rの−3/4乗で減少する:
     3GMN
 T=(−−−−−)1/4∝r−3/4   (4)
     8πσr
あるいは,具体的な数値を入れると,降着円盤の中心のブラックホールの質量を太陽の1億倍,質量降着率を1太陽質量/年ぐらいとして,
 T=85万K(r/1AU)−3/4   (5)
となる(スペクトルに関係した話は,また後述).
 つぎに降着円盤の光度Lを計算する.降着円盤表面の単位時間・単位面積当りに放射される輻射エネルギーが(円盤の両面で)2σTなので,これを円盤全面にわたって積分すれば,降着円盤の光度,すなわち表面全体から放射される単位時間当りの輻射エネルギーが得られることになる.式で表せば,
 L=∫2σT2πrdr      (6)
積分範囲はrinから∞まで.この(6)式に上の(3)式を入れて積分を実行すると,円盤光度は,
     3GMM    rin
 L=∫−−−−[1−(−−)1/2]2πrdr
     4πr     r
    3GMM   1    rin1/2
  =−−−−∫(−− − −−−−)dr 
     2     r    r5/2
    3GMM   1    2rin1/2  ∞
  =−−−−[− − + −−−−−]rin
     2     r    3r3/2
    3GMM  1    2
  =−−−−[−− − −−−]
     2   rin    3rin
    GMM 
  =−−−−            (7)
    2rin
となる.降着円盤の中心天体がシュバルツシルト・ブラックホールの場合,その内縁はシュバルツシルト半径r(=2GM/c)の3倍,すなわち,
 rin=3r=6GM/c      (8)
なので,そのときは,(7)式は,
    Mc 
 L=−−−             (9)
    12
と表すことができる.
 具体的には,活動銀河などの中心核の場合,1年に太陽1個分ぐらいのガスが降り積もるとすると,
 M=1太陽質量/年        (10)
を入れて,
 L=4.6×1045erg・s−1
   =1.2×1012      (11)
ほどになる(Lは太陽の光度).すなわち典型的には,太陽光度の1兆倍ほどの明るさで輝くことになる.なお,われわれの銀河系の中心の場合は,もっと小規模だと考えられている.
 
3.降着円盤のまわりの惑星の平衡温度
 
 前節でまとめた降着円盤の表面温度分布や光度を用いて,ここでは,降着円盤のような平たい熱源/放射源のまわりを周回する惑星の平衡温度をもとめてみる.
 
3.1.ファープラネット
 まず最初に,惑星が降着円盤から十分離れている場合<ファープラネット>を考えよう(図3右).惑星の位置での輻射流束f[erg・s−1・cm−2],すなわち降着円盤の方向に垂直な微小面積を単位時間・単位面積当りに通過していく輻射エネルギーは,太陽の場合だとf=L/4πrだが,この場合はどうなるだろうか? おおざっぱに言えば,降着円盤が平たいため,真上からみるときに比べ(図3の角度i=0),横方向では(iが大きい)降着円盤の見かけの大きさが偏平になっていくので,輻射流束はcosiの割合で小さくなる.
 より厳密には,以下の一般的な方法でもとめる.降着円盤表面から放射される輻射強度をIとすると(降着円盤の表面温度が半径によって変わるので,輻射強度も半径に依存するが,ここでは平均したものしてIと置く),輻射流束fは,
 f=∫IcosθdΩ
  =I∫cosθdΩ
  〜I∫dΩ 
  =IΩ
  =I・Scosi/r       (12)
と表すことができる(ただし,十分遠方ならθが非常に小さいのでcosθ〜1とした.またΩは降着円盤を見込む立体角=Scosi/rである).さらに降着円盤表面での平均的な輻射強度F=πIに降着円盤の面積をかけて2倍(上面と下面がある)したものが降着円盤の光度Lであること,
 L=2・πI・S        (13)
を使って,(12)式を書き直すと,最終的に,
   Lcosi
 f=−−−−           (14)
   2πr
が得られる.上での述べたように,fはcosiに比例する.
 惑星の平衡温度のもとめ方は,地球などの場合とまったく同じである.すなわち平衡温度をTとすると,
 f=4σT
なので(惑星の半径をRとすると,単位時間当たりに惑星断面が受ける輻射エネルギーπRf=単位時間に惑星全体から放射される輻射エネルギー4πRσT),結局,
    Lcosi
 T=(−−−−)1/4        (15)
    8πσr
となる(ただしここで,σはステファン・ボルツマンの定数で,σ=5.6705×10−5erg・cm−2・deg−4・s−1という値をもつ).
 具体的には,降着円盤の光度を太陽光度の1兆倍とすると,上の(15)式から,
 T=35万K(cosi)1/4  (r=1AU)   (16a)
 T=760K(cosi)1/4  (r=1pc)   (16b)
 T=240K(cosi)1/4  (r=10pc)   (16c)
ぐらいの値になる.
 また降着円盤の光度を太陽光度の1兆倍とし,i=0°と80°の場合に対して,ファープラネットの平衡温度を距離rの関数としてグラフに表したのが,図4である.
 上の値や図4からわかるように,おおざっぱには,ファープラネットの距離が10pc程度ならハビタブルになりそうかなぁ,といったところだ(図の縦軸に0℃から100℃の範囲を入れてある).ちなみに,太陽の1億倍のブラックホールを1pcの距離で周回するケプラー運動の周期は,約10万年である.
 
3.2.ニアプラネット
 逆に,惑星(や宇宙船)が降着円盤の近くにある場合<ニアプラネット>はどうなるだろうか(図3左).もし惑星が降着円盤のすぐそばにあれば,降着円盤からの輻射のうち,惑星の真下以外の他の部分からの輻射はあまり効かない.すなわち惑星が受け取る輻射流束fは惑星の真下の降着円盤表面から放射される輻射流束Fに等しいと考えてよい:
 f=F              (17)
降着円盤の表面温度をTとすると,
 F=σT
であり,また惑星の表面温度をTとすると,
 f=4σT
なので,結局,
 T=T/√2          (18)
が得られる.
 降着円盤の温度Tに(4)式を代入すると,
     3GMN   
 T=(−−−−−−)1/4      (19)
    32πσr 
ぐらいになる.
 具体的には,降着円盤の中心のブラックホールの質量を太陽の1億倍,質量降着率を1太陽質量/年とすると,
 T=85万K  (r=1AU) (20a)
 T=62K  (r=1pc)  (20b)
ぐらいの値になる.
 また同じパラメータの場合に対して,ニアプラネットの平衡温度を距離rの関数としてグラフに表したのが,やはり図4である.
 ファープラネットの場合に比べて全般に平衡温度が低くなっているのは,ニアプラネットの場合,惑星の真下からの輻射しか考慮していないためである.
 
4.円盤スペクトル:多重温度の円盤黒体輻射
 
 降着円盤では,円盤表面の各部分において,そこでの表面温度に対応した黒体輻射を放射している.すなわち,円盤表面の半径rにおける輻射スペクトルは,
    2h     ν
 Bν=−−−−−−−−−−−−−−−(21)
    c exp(hν/kT)−1
である(ただしここで,hはプランク定数,kはボルツマン定数で,それぞれ,h=6.6261×10−27erg・s,k=1.3807×10−16erg・deg−1という値をもつ).
 太陽などと違って,表面温度Tは半径の関数である.そのため,降着円盤からのスペクトルは,単一温度の黒体輻射では表すことができず,さまざまな温度の黒体輻射の重ね合わせになる(専門的には多重温度スペクトルとか円盤黒体輻射などと呼んでいる).円盤黒体輻射スペクトルは,単一温度の黒体輻射スペクトルに比べると,少しのっぺりしたものになる(図5).
 円盤黒体輻射スペクトルの具体的な形は,定性的には以下のように考えればよい(図6).先に述べたように,標準降着円盤の表面温度は,中心ほど高温で周辺にいくほど低くなる.活動銀河などの場合,内縁付近では紫外線領域(UV)で輝いているが,少し外側にいくと可視光(V)を出し,さらに周辺では主として赤外線(IR)を出す.
 さて降着円盤の各点から放射されるスペクトル強度そのもの(上のBν)は,赤外線より可視光の方が,さらに可視光より紫外線の方が大きい.しかし降着円盤から放射される(振動数当りの)光度は,スペクトル強度そのものではなく,おおざっぱに言えば,それに放射領域の面積をかけたものになる.そして,紫外線を出している中心部の領域より可視光を出している領域の方が,さらに可視光の領域より赤外線を出している領域の方が面積が広い.そのため,降着円盤全体から放射されるスペクトルは,単一温度の黒体輻射スペクトルに比べて,少しのっぺりしたものになるのである(のっぺりした部分では,ν1/3に比例する).
 
 さて,実際に降着円盤のまわりの惑星が受ける電磁スペクトルだが,以下のような方法でもとめることができる(図7).
 降着円盤表面の各点では,温度Tの黒体輻射を放射している.すなわち,降着円盤表面から放射される(単位振動数当りの)輻射強度は,黒体輻射強度Bνである.したがって,降着円盤から十分遠方(降着円盤の中心からの距離をD,降着円盤に垂直な方向からの角度をiとする)で受ける輻射流束fνは,
 fν=∫BνcosθdΩ       (22)
で計算される.ただし,Bνには(21)式を使い,dΩは降着円盤の微小部分を見込む立体角である(図9).十分遠方ならθが非常に小さいのでcosθ〜1になり,また降着円盤の微小部分(面積dS;射影した面積dScosi)を見込む立体角dΩは,立体角の定義から,
 dΩ=dScosi/D        (23)
なので,(22)式は,
     cosi
 fν=−−−∫BνdS
     D
     cosi
   =−−−∫Bν2πrdr   (24)
     D
と変形できる.ただし降着円盤の中心からの距離rを用いて,面積要素dSをdS=2πrdrと表した.
 こうして,十分離れているという仮定のもとで,fνの計算は,降着円盤の表面に関する積分に帰着した(もっと一般化もできる).
 この(24)式のBνに(21)式を代入して,(21)式の中のTがrの関数だという点に注意しながら積分を実行すればよい.すなわち(24)式のBνに(21)式を代入して,rによらない部分を積分の外に出すと,
    cosi4πh     rdr
 fν=−−−−−ν∫−−−−−−− (25)
    D  c   exp(hν/kT)-1
となる.積分範囲は,r=rin(降着円盤の内縁)からr=rout(降着円盤の外縁)までである.
 すでに述べたように,降着円盤の表面温度分布は,大ざっぱには,T∝r−3/4である.これをr=rinでの温度T=Tinを用いて,
 T=Tin(r/rin−p  p=3/4  (26)
のように表して,上の(25)式に代入すると,
  cosi4πh       rdr
fν=−−−−ν∫−−−−−−−−−−− (27)
   D   exp[(hν/kTin)(r/rin)]-1
となる.さらに,
    hν  r
 x=−−−(−−)        (28)
   kTin rin
という変数xを用いて,rからxに変数変換すると,(27)式の積分は,
   cosi4πh  kTin  rin x2/p-1
 fν=−−−−ν(−−)2/p−−∫−−−dx
   D c   hν  p  e−1
 cosi4πh     kTin  rin x2/p-1
=−−−−ν3−2/p(−−)2/p−−∫−−−dx(29)
 D c     h   p  e−1
と表すことができる.積分範囲は,xin=(hν/kTin)(rin/rinからxout=(hν/kTin)(rout/rinまでである.
 積分の前に送り出されたνに依存する部分を取り出してみると,
 fν∝ν3−2/p
   ∝ν1/3  (p=3/4なので)(30)
となっている.
 具体的に,降着円盤の中心のブラックホールの質量を太陽の1億倍,質量降着率を1太陽質量/年として,実際に積分を実行して得られたスペクトルの例が図5である.いままでに述べたように,紫外線(ν〜1015−16Hz)から可視光(ν〜1014.5Hz)そして赤外線(ν〜1013−14Hz)までだらだらと伸びたスペクトルになっている.
   ・・・
 で,ようするに,活動銀河中心などの降着円盤の近傍はハビタブルなのだろうか? 以上の結果でみるかぎり,紫外線が少し強いかもしれないが,一見,ハブタブルそうである.ただし,図5などの具体例では,活動銀河の典型的なパラメータ(中心にあるブラックホールの質量は太陽の1億倍,質量降着率は1太陽質量/年)を用いている.だからそのような典型的なケースでは,一応ハビタブルといえる(もっとも降着円盤の状態がもっと高温な場合もあるので一概に言えないが).
 しかし,たとえばわれわれの銀河系中心の場合,ブラックホールの質量はもっと小さい−おそらく太陽質量の500万倍くらい−と考えられている.その場合,降着円盤の中心付近はもっと高温になり軟X線が放出されるので,惑星が受けるスペクトルも軟X線から伸びたものになる.したがって,(われわれの銀河系中心の降着円盤の近傍で)惑星が居住可能であるためには,X線を遮るかなり厚い大気が必要になるだろう.………『サイバーナイト:漂流・銀河中心星域(上・下)』参照!
      ・・・
 本稿は,ハードSF研究所公報(非公開)に掲載された文章を書き直したものです(福江1994).
 
         参考文献
福江 純,1986,HSFL公報,22,40
山本弘とグループSNE,1991,『サイバーナイト:漂流・銀河中心星域(上・下)』角川スニーカー文庫
福江 純,1987,HSFL公報,23,13
福江 純,1994,HSFL公報,54,5
 
 
 
 
 
 
    Accretion Disk Civilization 1:
 Habitable Zone around Accretion Disks
      at Galactic Nuclei
 
         Jun FUKUE
 
Astronomical Institute, Osaka Kyoiku University, Kashiwara, Osaka 543
 
Abstract:
The space density of stars, and therefore,
the possible number of planets are expected
to be high in the central region of galaxies.
While the galactic nuclei may be rather
wild places due to the existence of the
supermassive black holes and the surrounding
accretion disks.
As the first step to investigate the
advanced civilizations in the galactic
nuclei, we examine the equilibrium
temperature and related problems of possible
planets in the vicinity of accretion disks.