93浮遊.JXW 1993 1103, 1121-1128
95浮遊.JXW 1994 1109, 1125, 1129
銀河中心核文明(降着円盤文明)その2
サンフックからフォトンフローターへ
福江 純
<大阪教育大学天文学研究室 〒582 柏原市旭ケ丘4−698−1>
e-mail:fukue@cc.osaka-kyoiku.ac.jp
活動銀河中心核に存在する超大質量ブラックホール周辺の降着円盤からは,膨大な量のエネルギーが放射されている.そのようなブラックホール−降着円盤系のエネルギーを利用するためのステーションとして,降着円盤自身から放射される強烈な輻射圧によって支えられた浮遊プラットフォーム<フォトンフローター>の配置や安定性について考察した.まず降着円盤系から十分遠方に配置したファーフローターの場合,(超大質量ブラックホールの)重力と(降着円盤からの)輻射圧が釣り合う臨界浮遊角度が存在することがわかった.降着円盤の直上に浮かべたニアフローターでは,やはり特定の高度−浮遊高度−で重力と輻射圧が釣り合う(より一般には浮遊半径も存在する).しかもこの浮遊高度は,力のバランスにおいて,安定な平衡点であることがわかった.なお降着円盤の軸上に置いたアクシズフローターの場合は,不安定でまた危険である.
1.思い入れ
もう一昔も前の話になってしまいましたが,ロバート・L・フォワードの『竜の卵』や『ロシュワールド』を読んだときには,詰め込まれたアイデアの膨大さに圧倒された覚えがあります(最近,あんなSFが少なくなったようで,少し寂しい思いをしているのは,ぼくだけじゃぁないでしょう).潮汐補償体,レーザー推進システム,クリスマスブッシュ,サンフックなど,さまざまなガジェットが何気なく使ってありました.これらのうちで,レーザー推進システムについては,科学してみたことがありますが(石原・福江1987),太陽からの光圧によって支えられて水星上空を漂う<サンフック>も強い印象を残しました(太陽の光圧といえば,クラークの『太陽からの風』が超有名ですが,堀さんのトリニティ…だったかな…も懐かしい.).
このサンフックについて,前に少し手計算をしたことあります.というのは,実はサンフックの科学は,降着円盤系のエネルギーを利用するためのステーションとして,降着円盤自身から放射される強烈な輻射圧によって支えられた<浮遊プラットフォーム>の設置場所や安定性に関係すると思うからです(福江1986).
で,今回は,前回(福江1994a,1995)でまとめた降着円盤とその周辺の物理環境をもとに,サンフックの降着円盤版(仮名:【フォトンフローター】:注1)について議論したいと思います(図1).以下,2節で,太陽のような普通の星のまわりでの浮遊プラットフォーム<サンフック>の力学をまとめたのち,3節で,降着円盤系における浮遊プラットフォーム<フォトンフローター>の問題を考えていきます.なお,本論を読まれる前に,『ロシュワールド』を読まれることをお勧めします.
……………注1:命名するのは面白いんですが,なかなかピタットした名前がなくて.浮遊プラットフォーム(そのままや);ディスクフック;ライトフローター;フォトンフローター(ここらへんで手を打ちまっか).
2.サンフックの科学
まず最初に,太陽のような普通の星の周辺における浮遊プラットフォームの力学をまとめておこう.太陽は球状でさらにその表面は単一温度の黒体輻射を放射しているので,太陽周辺の輻射場は球対称である(輻射圧の強さは距離だけに依存する).なお,ここでは,球対称輻射場において輻射圧で支えられた浮遊プラットフォームを,とくに【サンフック】と呼ぶ.
太陽上空に浮かぶ単純なサンフックと,フォワードの考案した水星上空のサンフックについて考えてみよう.
2.1.太陽上空のサンフック
太陽の上空の物体には,太陽からの重力と輻射圧が働く.惑星や小惑星などでは重力に比べ輻射圧はほとんど無視できるが,彗星のコマに含まれる塵のように断面積に比べて質量が小さくなってくると,輻射圧の方が効いてきて,彗星の場合は輻射圧でたなびいた塵の尾をつくることになる.同じように,宇宙船などでは輻射圧はあまり効かないが,質量に比べて断面積を大きくとった構造物だと輻射圧が効いてくる.このようにして,重力と輻射圧が相殺するようにしたものが,サンフックやフォトンフローターである.また逆に,輻射圧の方が強くなるようにしたものが,いわゆるソーラーセイル(太陽帆)/ライトセール(光帆)である.
さてまず,太陽上空に浮かぶ浮遊プラットフォーム【サンフック】を考えてみよう(図2上).太陽(星)の質量をM,光度をLとする.またサンフックの総質量をm(セールの質量ms+ペイロードの質量mp),セールの断面積をS,セールの物質のアルベド(反射能)をA(0が完全吸収,1が完全反射)とする.さらに太陽とサンフックの距離をrとし,簡単のためにサンフックのセールは,傾けずに,太陽の方向に垂直に置く.
サンフックに働く力は,太陽からの重力と輻射圧である.このうち,重力は,
−GMm/r2
である.また,輻射圧は,セール面の単位面積に入射する単位時間当りの輻射エネルギー(すなわち輻射流束f)を光速cで割ったものが単位面積当りの力なので,それにセールの面積とアルベドの因子(1+A)をかけて(完全吸収ならこの因子は1,完全反射なら2),
(1+A)Sf/c
となる(ここらへん,くわしくは『SFを科学する』参照).この2つを加えて,結局,セールにかかる力は,
GMm f
− −−− + (1+A)S−
r2 c
となる.あるいは,サンフックの総質量mで割って,サンフックにかかる加速度(単位質量当りの力)として,最終的に,
GM Sf
a=− −− + (1+A)−− (1)
r2 mc
が得られる.
さて,太陽(光度L)から距離rでの輻射流束fは,
L
f=−−− (2)
4πr2
と表されるので,このfを上の(1)式に代入すると,加速度aは,
GM LS
a=−−[−1+(1+A)−−−−−−] (3)
r2 4πcGMm
と表される.
加速度aがマイナス(重力が優っている)ならサンフックは太陽に落ちるし,プラス(輻射圧が優っている)ならサンフックは飛ばされる.加速度aが0のときに,重力と輻射圧が釣り合い,サンフックは太陽上空に浮かぶことになる.浮遊するための条件(a=0)を式で表せば,
LS
(1+A)−−−−−− = 1 (4)
4πcGMm
となる.この式の左辺で,太陽の質量Mや光度Lは決まっており変えられない.そこでこの(4)式をサンフック(の材質・構造)が満たす条件に直せば,
1 m L
−−−−−− = −−−−− (5)
(1+A)S 4πcGM
と表すことができる.
太陽の場合の具体的な数値を入れると,
m
−=7.694×10−5(1+A) g/cm2 (5b)
S
=1.539×10−5 g/cm2 (A=1のとき)
となる.サンフックが太陽上空で浮かぶためには,サンフックの総質量とセールの面積は,上の条件を満たさなければならない.ちなみにSが1km平方の面積ならば,トンのオーダーの質量を支えることができる.
m[トン]=0.1539[平方キロメートル] (5c)
以上の太陽上空のサンフックについて,2点ほど補足しておきたい.
1つは,さっきから太陽上空といってるが,実は上の条件は,(太陽からの距離によらず)どこでも成り立つ.これは,重力場の強さが1/r2で減少する一方,輻射場の強さも1/r2で減少するため,上の式変形でもわかるように,距離rの部分が共通因子でくくりだせるためだ.
もう1点は,ここではサンフックという物体について重力と輻射圧の釣り合いを考えたが,原子や電子などの粒子に対しても同じことがいえる.たとえば,上の(4)から(光子のもっていた運動量がそのまま粒子に与えられるとすれば完全吸収に対応するので,アルベドA=0とする),星の光度が,
4πcGMm
L=−−−−−− (6)
S
ならば,重力と輻射圧が釣り合うという条件になる.ここで,サンフックの質量mを陽子の質量mpに,セールの断面積Sを光子に対する電子の有効断面積σT(トムソン散乱の断面積と呼ばれる)に置き換えれば,天文学の業界では基礎的な概念の一つである,エディントン光度と呼ばれるものになる.すなわち星の光度がエディントン光度を超えれば,そのまわりのプラズマガスは吹き飛ばされてしまう.
2.2.サンフック:水星レーザーセンター
以上の話は,サンフックが太陽上空に浮かんでいる簡単な場合の話だったが,フォワードの『ロシュワールド』では,実は,サンフックは(太陽からの輻射圧で水星の重力を相殺しながら)水星上空に浮かんでいるのである(図2下).
サンフックの浮遊条件を議論する前に,諸数値をまとめておこう.
□天文学データ
太陽の質量 M太陽=1.99×1033g
水星の質量 M=3.30×1026g
水星の軌道半径 R=0.3871天文単位
=5.81×1012cm
□サンフックの設定条件(『ロシュワールド』p43)
水星表面からの高度 r=約80000km
=8×109cm
(水星半径〜2000kmは無視)
水星からの重力加速度 GM/r2=約0.344cm/s2
=約0.000351G
(7)
さてこのような水星上空のサンフックの場合,(1)式で,右辺の最初の項は(太陽からの重力ではなく)水星からの重力加速度と考えればよい(Mは水星の質量,rは水星中心からの距離:図2下).もちろん後ろの項は水星上空における太陽の輻射圧である.
具体的数値を入れれば,水星上空のサンフックが水星から受ける重力加速度は,(7)式にもまとめてあるように,
GM/r2=0.344cm/s2 (8)
になる(Mは水星の質量,rはサンフックの高度).すなわち約3000分の1Gである(『ロシュワールド』p43).一方,水星軌道における太陽光の輻射流束fは,
f=L/4πR2
=9.076×106erg・s−1・cm−2 (9)
になる(Lは太陽の光度,Rは水星の軌道半径).
これらの数値を加速度aの式に入れて浮遊条件を求めると,水星の重力と太陽からの輻射圧が釣り合うためには,
m
−=8.795×10−4(1+A) g/cm2 (10b)
S
=1.759×10−3 g/cm2 (A=1のとき)
となる.あるいは,水星センターの質量mをtonで秤り,セールの面積をkm2で測れば,
m[トン]=17.59S[平方キロメートル](10c)
と表せる.
水星上空のサンフックに対する上の(10)式の値は,先に求めた太陽上空のサンフックに対する(5)式の値より,2桁も大きい.すなわち(同じセール面積に対して)それだけ大きな質量を支えられるわけだ.これはひとえに水星の重力場が(太陽よりも)弱いためである.
ところで,先に述べたように,(5)式の条件は,太陽からの距離に関係ないはずだった.しからば,太陽の重力はいったいどこへいったのだろう(もちろん,賢明な方は,とっくにご存じだろうが).実際,水星軌道での太陽の重力加速度は,
約3.96cm/s2
もあり,(8)式の値よりも大きいのである.
サンフックは水星と共に太陽を周回する太陽同期軌道に乗っているため,太陽の重力は回転に伴う遠心力によって打ち消されているのである.さすが,フォワードって,感じ!
3.フォトンフローターの科学
つぎにいよいよ,光源に広がりがある場合,とくに降着円盤のような面光源の周辺で,輻射圧によって支えられた浮遊プラットフォームの力学を考えてみよう(図1).前回(その1)で述べたように,降着円盤は円盤状でさらにその表面の温度は半径によって異なるため,降着円盤周辺の輻射場は球対称ではなく,距離および方向によって変わる.なお,ここでは,降着円盤の強い輻射場によって支えられた浮遊プラットフォームを,とくに【フォトンフローター】と呼ぼう.
一般的に考えるのはかなり複雑なので(2次元の数値積分が必要になる),以下では,近似的に取り扱える代表的な場合をいくつか考えてみたい.
3.1.ファーフローター:降着円盤から離れている場合
まず降着円盤系での浮遊プラットフォーム<フォトンフローター>が,降着円盤から十分遠方にある場合−【ファーフローター】と呼ぼう−を考えてみよう(図3).降着円盤の中心の天体の質量をM,降着円盤の光度をLdとする.またファーフローターの総質量(セールの質量+ペイロードの質量)をm,セールの断面積をS,セールのアルベドをAとする.さらに降着円盤の中心とファーフローターの距離をr,方向(降着円盤の回転軸から測った角度)をiとし,簡単のためにファーフローターのセールは,降着円盤からの光束を正面から受けるように,中心方向に向けて垂直に置く.このとき,前回(その1)の解析結果より,ファーフローターのセールが受ける輻射流束fは,
Ldcosi
f=−−−−− (11)
2πr2
である.
フローターが受ける加速度の式は,形式的には(1)式と同じなので,(1)式に上の(11)式を代入すると,太陽上空のサンフックに対する(3)式に相当するものとして,
GM SLdcosi
a=−−[−1+(1+A)−−−−−−] (13)
r2 2πcGMm
が得られる.
サンフックの場合と同様に,加速度aがマイナスならファーフローターは中心に向かって落ちるし,プラスなら飛ばされる.そしてやはり加速度aが0のときに,重力と輻射圧が釣り合う.ファーフローターが浮遊するための条件(a=0)は,
SLdcosi
(1+A)−−−−−− = 1 (14)
2πcGMm
である.あるいは,ファーフローター(の材質・構造)が満たす条件に直せば,
1 m Ldcosi
−−−−−− = −−−−− (15)
(1+A)S 2πcGM
と表すことができる.
銀河中心核における降着円盤に対する具体的な数値(M〜108太陽質量;Ld〜1.2×1012太陽光度)を入れると,
m
−=1.8(1+A)cosi g/cm2(15b)
S
=3.7 cosi g/cm2 (A=1のとき)
となる.おぉー! こいつは大きい値が出た.銀河中心核での降着円盤からの輻射がいかに強いかを表している.
またファーフローターの大きな特徴は,上の式をみたらわかるように,浮遊条件が降着円盤に対する角度iによって変わることである.すなわち,ファーフローターが降着円盤の真上方向にある場合(角度iが0に近くcosiは1に近い),降着円盤からの輻射をたっぷりと受けるので,浮遊しやすい.逆に,ファーフローターが降着円盤の縁の方向にある場合(角度iが90°に近くcosiは0に近い),降着円盤からの輻射量は小さくなり,浮遊しにくくなる.
すなわち,ファーフローターのスペック(総質量mと断面積S)を与えたとき,上記の浮遊条件を満たすのは,ある特定の角度iFだけである(m/Sが大きすぎると,上の具体例では,m/S>3.7では,そのような角度自体が存在しない).逆に言えば,m/Sがあまり大きすぎない限り,任意のスペックに対して,浮遊できる角度iFが存在する.その臨界浮遊角度iFは,(15)式より,
1 m 2πcGM
cosiF= −−−−−− −−−−− (16)
(1+A)S Ld
と表すことができる.あるいは,具体的数値を入れると,
1 m/S
cosiF=−−− −−−−−−−− (16b)
(1+A) 1.8g/cm2
となる.
図3右に示したように,この臨界浮遊角度iFより小さな角度領域では輻射圧の方が強くてファーフローターは吹き飛ばされ,iFより大きな角度領域では重力の方が強くてファーフローターは落ち込む.臨界浮遊角度iFの方向では,中心からの距離に関係なく,浮遊条件が満たされる.
もちろん,セールの断面積Sを調節することにより,この臨界浮遊角度を変えることができるので,ファーフロータの位置を変えることもできる.
3.2.ニアフローター:降着円盤の表面近くにある場合
ファーフローターとは反対に,浮遊プラットフォーム<フォトンフローター>が,降着円盤の表面近くに浮かんでいる場合−【ニアフローター】−はどうなるだろうか(図4).降着円盤の中心の天体の質量をM,降着円盤の表面から放射される輻射流束をFとする.またニアフローターの総質量をm,セールの断面積をS,セールのアルベドをAとする.さらに降着円盤の回転軸をz軸とする円筒座標系で,ファーフローターの動径をr,高度をz,降着円盤の中心からの距離をR(=√r2+z2)とする.
降着円盤の表面が黒体輻射を放射しているなら,放射される輻射流束Fは,中心から距離rにおける降着円盤の表面温度をTを用いて,
F=σT4 (17)
と表される(ステファン・ボルツマンの法則).さらに,前回(その1)まとめた降着円盤のモデルから,降着円盤の質量降着率をMとして,内縁での境界条件を無視すると,大体,
3GMM
2σT4=−−−− (18)
4πr3
であった.
3.2.1.ニアフローターT
まず最初に簡単のために,ニアフローターのセールが水平になっている場合,すなわち降着円盤の表面に平行になっているとしよう(図4).セールは降着円盤の表面近くにあるので,前回(その1)の解析結果より,ニアフローターのセールが受ける輻射流束fは(セールを鉛直方向に貫く輻射エネルギーの流れ),降着円盤表面から放射される輻射流束Fに等しい.すなわち,上の(17)式や(18)式を代入して,fは,
3GMM
f=F=σT4=−−−− (19)
8πr3
となる.
セールは水平の配置したので,輻射圧による力は上向きに受ける.一方,中心の天体の重力によって,セールは下向きの力を受けている.すなわち中心の天体の重力加速度(−GM/R2)は中心に向いているが,そのうち下向きの成分は,z/Rをかけて,
GMz GMz
g=− −−−=− −−− (20)
R3 r3
となる.ただし,セールが降着円盤の表面近くに浮かんでいることから,動径rに比べてzは十分小さく,したがって上の式でR〜rと置いた.
上の(19)式と(20)式から,フローターが鉛直方向に受ける加速度の式として,
GMz Sf
az=− −−−+(1+A)−−
r3 mc
GMz S3GMM
=− −−−+(1+A)−−−−−−
r3 m8πcr3
GM 3MS
=−−[−z+(1+A)−−−−] (21)
r3 8πcm
が得られる.ただしここでMは質量降着率である.
サンフックの場合と異なり,ニアフローターの鉛直方向の加速度の式では,[]の中に高度zが含まれる.すなわちある特定の高度でのみ,セールに働く鉛直方向の重力と,セールを持ち上げる鉛直方向の輻射圧が釣り合うことができる.その特定の高度−浮遊高度zF−は,(21)式を0と置いて,
3MS
zF=(1+A)−−−− (22)
8πcm
となる.
きわめて重要な点は,この浮遊高度zFが,力のバランスにおいて安定な平衡点であるということだ.すなわち,セールに働く力のうち(動径rを固定すれば),輻射圧は高度zによらず一定であるが,重力の鉛直成分は(降着円盤近傍では)高度zに比例している.そのため,セールの高度zが上の浮遊高度zFより高いと,重力の方が強くなり,セールの高度は下がる.一方,浮遊高度より低いと,輻射圧の方が強くて,セールの高度は押し上げられる.結局,セールの高度が少々ずれても,セールは勝手にこの浮遊高度に落ち着くのである.
具体的には,質量降着率Mを1太陽質量/年,m/Sをかなり大きめとして1g/cm2ぐらいにとってみると,
zF=2.5×1014(1+A)cm
=16.7(1+A)天文単位 (22b)
ほどになる(ちなみに銀河中心では,典型的なブラックホールのサイズは2天文単位,降着円盤のサイズは1光年〜10万天文単位ほど).
以上のように,降着円盤表面近傍に配置した浮遊プラットフォーム<ニアフローター>の場合,その浮遊高度が安定だ!!!というのが非常に魅力的である.ただし,上で考えたのは,ニアフローターに働く力のうち,鉛直方向の成分だけである.確かに,輻射圧は(以上の仮定のもとでは)鉛直方向の成分しかもたないが,重力には鉛直方向の成分以外に,動径方向の成分:
GMr GM
− −−− 〜− −−
R3 r2
が残っている(R〜r).したがって,セールはこのままだと,(鉛直方向には力が釣り合って)浮遊高度を漂いながら,次第に降着円盤の中心方向へ引き寄せられてしまう.それを避ける方法の一つは,(降着円盤の上空を漂いながら)中心の天体のまわりを回転することである.回転の仕方は,太陽系の惑星のようなケプラー回転になる.
そのような,重力の動径方向の成分は中心のまわりの回転に伴う遠心力でバランスし,一方,重力の鉛直方向の成分は輻射圧で支えて降着円盤表面に漂うプラットフォームを,とくに,【ニアフローターT】と呼ぼう.
もう一つの方法は,(中心のまわりの回転をせずに)セールを傾けて,重力のすべての成分を打ち消す方法である.
3.2.2.ニアフローターU
ニアフローターのセールが水平から少し傾いていると,降着円盤の表面から放射された光はセールで反射されるので,合力の方向は傾く(図5).その結果,セールが受ける輻射圧は水平方向の成分をもち,重力の水平方向の成分と釣り合わせることができるようになるだろう(これを【ニアフローターU】とする).
図5左のように,鉛直方向から測ったセールの傾き角をαとしよう(α=0で水平).また合力の計算を簡単にするために,セールのアルベドを1とする.降着円盤からの輻射の流れは鉛直方向にセールの下から入ってきて,セールで反射されるが,アルベドを1としたので,合力の方向はセールに垂直な方向になり,さらにその大きさは入射流束にcosαをかけたものになる.またセールの面積はSだが,セールが傾いているために,射影した面積はScosαである.したがって,セールに入射し反射する輻射によってセールが(セールの面に垂直な方向に)受ける加速度は,
Scosα f
(1+A)−−−−−・−cosα
m c
になる(以下,A=1).さらにこの合力のうち,水平方向の成分にはsinα,鉛直方向の成分にはcosαがかかる.
中心の天体の重力加速度を考慮して,結局,ニアフローターが受ける(動径方向と鉛直方向の)加速度は,それぞれ,
GMr Sf
ar=− −−−+2−−cos2αsinα
R3 mc
GMr S3GMM
=− −−−+2−−−−−−cos2αsinα
r3 m8πcr3
GM 3MS
=−−[−r+2−−−cos2αsinα](23)
r3 8πcm
GMz Sf
az=− −−−+2−−cos3α
R3 mc
GMz S3GMM
=− −−−+2−−−−−−cos3α
r3 m8πcr3
GM 3MS
=−−[−z+2−−−−cos3α] (24)
r3 8πcm
のようになる.
ニアフローターTの場合と似て,このニアフローターUには,動径方向の重力と輻射圧が釣り合う特定の半径−浮遊半径−と,鉛直方向の重力と遠心力が釣り合う特定の高度−浮遊高度−が存在する.浮遊半径rFと浮遊高度zFは,上の(23)式と(24)式を0と置いて,それぞれ,
3MS
rF=−−−−cos2αsinα (25)
4πcm
3MS
zF=−−−−cos3α (26)
4πcm
となる.
正確なグラフを描くのは省略するが,傾き角αをいろいろ変えたときの浮遊位置(rF,zF)の概形を図5右に示しておく(長さの単位は3MS/4πcmとした).
中心軸のまわりを公転せずに輻射圧(とその反作用)だけで支えるニアフローターUの場合,水平α=0では(輻射圧の動径成分はないので)軸上に位置するが,セールを傾けていくと(輻射圧の動径成分がだんだん大きくなって)ニアフローターUは外側へ移動していく.傾き角αが約35°(sinα=1/√3)のとき,rF=2/3√3〜0.3849,zF=(2/3)3/2〜0.・5443となり,もっとも外側に位置し,それより傾けると,ふたたび内側に移動していく.
とまあ,ニアフローターUでは,セールを傾けることにより,輻射圧で支える安定配位が可能だが,ちょいと問題なのは,図5右をみてわかるように,得られた安定配位の位置が,降着円盤の表面近傍に位置する(すなわちz<<r)という最初の前提を満たしていないことである.動径rに比べ高度zが大きくなっても,定性的には似たような話になると思うが,定量的には,もうちょっと丁寧な取り扱い−というか近似なしの数値積分−が必要である.
3.3.アクシズフローター:降着円盤の軸上にある場合
最後に,浮遊プラットフォーム<フォトンフローター>が,降着円盤の回転軸上/対称軸上にある場合を考えてみよう(図9).軸上ということで,これを【アクシズフローター】と呼ぼう(アクシズといえば,ZGを思い出すけど,全部VTRチェックしてる人いませんかね……最近プレーヤーもないのにLDを買ってしまった.いつになったら見れるんだろう).軸上であれば,以下示すように,対称性から近似せずに積分ができる.
図6のように,降着円盤の中心の天体の質量をM,表面からの輻射強度をBとする.またアクシズフローターの総質量をm,セールの断面積をS,セールのアルベドをAとする.さらにアクシズフローターの高度をzとする.アクシズフローターのセールは,対称性から,当然水平に展開する.
さて前回(その1)行った輻射流束fの一般的な計算方法をそのまま使うと,セールを鉛直方向に流れる輻射流束fに対して,図6に示すような降着円盤の微小部分からやってくる輻射の寄与分dfは,
df=BcosθdΩ (27)
と表される.ここでB=σT4/πは降着円盤表面の輻射強度で,θは微小部分と中心軸のなす角度である(cosθは鉛直方向の成分のみを集めることを意味する).またセールから降着円盤上の微小部分を見込む立体角dΩは,微小部分の面積要素dS=rdrdφおよびセールと微小部分の距離Rを用いて,
dΩ=dS/R2 (28)
と表される.同じく,
cosθ=z/R (29)
である.したがって,dfは,
zrdrdφ
df=B−−−−−−
R R2
zrdrdφ
=B−−−−−− (30)
(r2+z2)3/2
と書き直すことができる.あるいは,積分形にして,
zrdrdφ
f=∫B−−−−−−−− (30∫)
(r2+z2)3/2
となる.
さらに,前回(その1)の結果を用いて,上の式に,
1 13GMM
B=−σT4=−−−−−
π π8πr3
を代入し,またφ方向の積分(0から2π)を実行すると,fは,
zrdr
f=2π∫B−−−−−−−−
(r2+z2)3/2
3GMM rdr
=−−−−z∫−−−−−−−− (31)
4π (r2+z2)3/2
というr方向だけの積分になる.r方向の積分範囲は降着円盤の内縁の半径rinから無限遠までである.この(31)式の積分は,幸い初等関数で表せる.すなわち実際に積分を実行していくと,
3GMM -1 (r2+z2)1/2 r
f=−−−z・−[−−−−−+−−−−−−]
4π z4 r (r2+z2)1/2
3GMM (rin2+z2)1/2 rin
=−−−[-2+−−−−−−+−−−−−−]
4πz3 rin (rin2+z2)1/2
2Ldrin (rin2+z2)1/2 rin
=−−−[−−−−−−+−−−−−− -2]
4πz3 rin (rin2+z2)1/2
(32)
となる(最後の行では,GMMを降着円盤の光度Ldに直した).
アクシズフローターのセールが受ける輻射流束fは,z=0では(当然)0だが,高度zが大きくなるにしたがって増加し,z〜rin付近で最大になり,高度をさらに大きくとると,遠方では,1/z2で次第に小さくなっていく(ファーフローター近似).
上で求めたfは,(降着円盤の境界条件あたりは少しごまかしているのだが),一応,軸上では厳密な式である.
中心の天体の重力加速度(−GM/z2)を考慮すると,結局,アクシズフローターの受ける加速度として,
GM Sf
a=− −−+(1+A)−−
z2 mc
GM SLdrin
=− −−+(1+A)−−−−−[***]
z2 m2πcz3
GM SLdrin 1
=−−{-1+(1+A)−−− −[***]} (33)
z2 m2πc z
が得られる(ただし***には(32)式の[]内の項が入る).
このアクシズフローターの場合も,上の(33)式の{}内に高度zを含むので,ニアフローターと同様に,ある特定の高度で重力と輻射圧が釣り合う……浮遊高度は簡単な式では表せないが.ただし,ニアフローターの場合と異なり,アクシズフローターの浮遊高度は不安定平衡点である.すなわち,アクシズフローターが浮遊高度から少し落ちると,輻射圧より重力の方が強くなってますます落下するし,逆に少し上昇すると,重力より輻射圧が優ってますます上昇する.
したがって,降着円盤の軸上に浮遊プラットフォームを浮かべるのは,あまり現実的ではないかもしれない.実際,降着円盤の軸上にはジェットなどという物騒な代物もあるし.
・・・
以上,降着円盤系における<浮遊プラットフォーム>の設置形態について簡単な考察を行ってみたが,結論としては,ニアフローターTがもっとも適切であると思われる.まず,その配位が力学的に安定である(アクシズフローターは不安定).そして,降着円盤表面に近いため,最小限の被覆面積ですむ(ファーフローターだと大きな面積を覆わなければならない).
もちろん解決すべき問題は数多く残っている.たとえば,中心に近い場合の相対論的効果の影響.強いX線に対してどう対処するかという問題.そして,動径rに比べて高度zが十分小さいという近似なしの,より一般的な場合における,全面的な数値積分.などなど.
しかし,ニアフローターTが,降着円盤系における<ダイソン殻>の役割を担うことは確かだと思われる.
・・・
本稿は,ハードSF研究所公報(非公開)に掲載された文章を書き直したものです(福江1994b).
参考文献
ロバート・L・フォワード,1980,『竜の卵』早川SF文庫
ロバート・L・フォワード,1984,『ロシュワールド』早川SF文庫
石原藤夫・福江 純,1987,『SFを科学する』講談社
A・C・クラーク,1972,『太陽からの風』早川SF文庫
堀晃『太陽風交点』徳間書店
福江 純,1986,HSFL公報,22,40
福江 純,1994a,HSFL公報,54,5
福江 純,1995,天文月報,*,*
福江 純,1994b,HSFL公報,55,9
Accretion Disk Civilization 2:
From Sunhook to Photon Floater
Jun FUKUE
Astronomical Institute, Osaka Kyoiku University, Kashiwara, Osaka 543
Abstract:
An accretion disk surrounding a supermassive
black hole at the active galactic nuclei
radiates the tremendous energy.
In order to utilize the energy of the
accretion disk system, we investigate
the configuration and stability of a
floating platform -PHOTON FLOATER- above
the accretion disk, which is supported
by the radiation pressure of the disk
radiation.
In the case of the FAR-FLOATER,
which is located far from the disk,
there exists a critical floating angle,
where the gravitational force of the
centeral black hole is balanced with the
the radiation pressure.
In the case of the NEAR-FLOATER,
which is located very close to the disk,
there exists a critial floating height,
where the gravity is balanced with radiation.
It is demonstrated that this floating height
is dynamically stable.
Finally, in the case of the AXIS-FLOATER,
which is located on the axis of the disk,
the photon floater is unstable.