93光帆.JXW 1993 1130-1208
98光壁.JXW 1997 0628-, 1998 0315, 0415, 0422
98光壁1.JXW 1998 0826, 0829
 
銀河中心核文明(降着円盤文明)その4(第1回)
光の壁
 
福江 純
<大阪教育大学 〒582-8582 大阪府柏原市旭ケ丘4-698-1>
e-mail:fukue@cc.osaka-kyoiku.ac.jp
 
きわめて強い光源による物体(プラズマ,塵,光帆)の駆動について解説する.今回は,まず,輻射圧による加速,速度に比例する輻射抵抗,最終速度の存在について,定性的な説明を行う.さらに,点光源・平面光源・降着円盤など,いろいろな光源のまわりでの輻射場の諸量を計算してみる.
 
1.ジェット・サーフィン
 
 グレゴリー・ベンフォード『荒れ狂う深淵』1)というSFがある.もうだいぶ前に出たので,読まれただろうか? ぼくは出てすぐに買ったものの,ベンフォード暗いし,続刊がすぐ出そうだったし,しばらく積んでおいたんだが,結局,読んでしまった.まもなく続刊『輝く永遠への航海(上下)』2)が出版され,幸いだった.これらは,長年にわたって(宇宙物理学者でもある)ベンフォードが書き続けてきた,有機生命と機械生命が抗争する宇宙史の完結編にあたる作品でもある.
 さて話は前者の『荒れ狂う深淵』に戻るが,物語の後半だったかに,機械生命から追われた主人公トビーたちが,銀河系中心の砦へ逃げ込む.このとき,バーサーカーマシンたちを避けて,わざと銀河中心核から吹き出す宇宙ジェットの中に入り,ジェットに沿って(ジェットの流れを遡って)中心へ突入するのだ.宇宙ジェットについて,すごくヴィヴィッドな描写が出てくると共に,スリリングな場面でもあった.
 この<宇宙ジェット>,一言でいえば,ブラックホールなど重力天体の近傍から吹き出し,星間空間を貫いて細長く伸びる,高エネルギープラズマの噴流のことだ.生まれたばかりの原始星周辺から吹き出す双極分子流,特異連星SS433で発見された光速の26%ものジェット,クェーサーなど活動銀河中心から吹き出す百万光年もの長さをもった電波ジェットなど,さまざまなタイプがある3)
 宇宙ジェットのモデルには,非常におおざっぱに言って,現在,2つの立場がある.
(1)MHD:磁石の反発力にみられる磁場の力によって,プラズマを加速する方法である.磁気流体力学(MagnetoHydroDynamics)の頭文字を取って,MHD加速という.
(2)光駆動:<銀河中心核文明>で何度か触れた光の圧力で加速する方法である.光の圧力を輻射圧とか放射圧というので,しばしば輻射圧加速という.
 宇宙ジェットを駆動するメカニズムに対して,ベンフォードは前者のMHD加速の立場であり,ぼくは,まぁ話の流れからもわかるように,後者の輻射圧加速の立場である(尻は軽いが…).
 ま,いずれにせよ,以前の<銀河中心核文明>の連載4)−6)で,ソーラーセール,フォトンサーファーなどときたからには,高速のプラズマジェットの流れに乗って駆動する【ジェット・サーフィン】を考えてみようか,というのが,そもそもの動機である(もっとも,光駆動ジェットの場合は,実際には,フォトンサーフィンなのだが).
 より明確には,
  “ジェットに伴う光の流れの中で,光帆はどこまで加速されるか?”
というのが,今回のテーマである(図1).ここでは,高度宇宙文明が天然の宇宙ジェットを利用する場合を念頭に置いているが,軌道上など宇宙空間に設置した高エネルギーレーザーで加速されるレーザー推進型宇宙船にも応用できる.そしてもちろん,実際の宇宙ジェットにも使える.
図1
 
 以下,2節で,今回の話の定性的・物理的な説明をしておく.つぎに3節で,いろいろな光源のまわりでの輻射場の計算を述べる.さらに次回の4節で,光帆の速度が比較的遅い(光速の10%程度)場合について,運動方程式を立てて,光帆の運動を解析し,最終速度を求める.また5節では,特殊相対論の範囲で一般的な場合について扱う.最後の6節では,簡単にまとめを行う.式に興味がない人は,2節と6節だけ読んでもらえればよい.
 
2.光の壁
 
 上の話だけだと,以前に解析した輻射圧(光圧)によって加速されるフォトンサーファーと変わらないようにみえる.が,今回は,輻射圧だけでなく,【輻射抵抗】あるいは【コンプトン抵抗】と呼ばれるモノについても考慮する.コレは,以前の解析では無視していたが,光帆の速度が大きくなってくると(光速に比べて1割とか2割とか),考慮する必要が生じるモノなのだ.
 輻射圧自体あまり馴染みのない言葉なのに,輻射抵抗(コンプトン抵抗)にいたっては,超馴染みない言葉だろう.そこで以下では,
 ◆多数の光子からなる輻射場中での光帆の運動
 ◇多数の分子からなる空気中での雨粒の運動
を対比させながら,その物理を簡単に説明してみたい.
図2
 
(1)輻射圧による加速
 ◆中心の光源から大量の光が放射されているとき,若干のばらつきはあるにしても,大部分の光子は外向きの運動量をもっているだろう(図2a).そしてそれらの光の流れが,周辺のプラズマに当たったときに,光子と電子のミクロな衝突が起こって,結果としてプラズマを加速するのは,以前に述べたりとおりである(輻射圧による加速).すなわち中心の光源から放射された光子は,まずプラズマ中の電子に衝突して,外向きに電子を押す.光子はもちろん陽子にも衝突するが,陽子は質量が大きいので光が衝突してもほとんど動かない.しかし電子が(光子によって)押されると,電子と陽子は正負の電荷によって引き合っているので,陽子も電子に引きずられて動く.結果的に,光子のもっていた外向きの運動量がプラズマに受け渡されて,プラズマは外向きに加速し始める.これが輻射圧加速の素過程である.
 輻射圧によって,プラズマだけでなく,数ミクロンサイズのグラファイトなどのダストも容易に加速される(たとえば,彗星のダストテールは太陽光で吹き飛ばされたものだ).光帆の場合も,光子の流れをそのまま受け止めるので,もちろん加速される.ダストも光帆も,光子に比べればはるかに質量が大きい.しかしフォトンサーファーのときに述べたように,光圧の影響を受けるかどうかで重要なのは,物体の質量ではなく,(光子を受け止める)物体の断面積Sと,(物体の慣性を担う)質量mの比,S/mなのである.ダストや薄っぺらの光帆は,S/mが非常に大きいため,光圧の影響を強く受けるのだ.
 ◇空気中の例でいうと,輻射圧によってプラズマが加速されるのは,たとえば,風で水蒸気や水滴が飛ばされるのに相当する.また光帆の加速は,風で凧を上げるようなものだ.
 
(2)輻射場の抵抗
 ◇一方,逆に空気中では,「空気抵抗」というものが存在するのは,よく知られているとおりである.風が吹いていようがいまいが(すなわち空気が全体として運動量をもっていようがいまいが),空気分子の存在自体のために,その質量によって慣性が生じ,空気中を運動する物体は,その速度ベクトルとは反対の方向に抵抗を受ける.空気抵抗は,雨滴のように物体のサイズが非常に小さいときは相対速度に比例するが,風船のように物体のサイズが大きいと速度の2乗に比例したりする.
 ◆では,輻射場の場合には,空気抵抗のようなものはないのだろうか? それがちゃんとあるのである.「輻射抵抗」こそ,空気抵抗に相当する輻射場の抵抗のことなのだ(図2b).すなわち,輻射の流れが全体として運動量をもっていようといまいとに関わらず,輻射(多数の光子)の存在自体によって,空間には輻射場のエネルギーが存在するわけで,エネルギーはやはり慣性をもつから,その中を運動する粒子は,速度ベクトルとは反対方向に抵抗を受けるのである.プラズマの場合には,電子と光子の直接の衝突によって輻射抵抗が働く.電子と光子の衝突(散乱)をコンプトン散乱と呼ぶことから,「輻射抵抗」はしばしば「コンプトン抵抗」とも呼ばれる.この輻射抵抗は,プラズマなど抵抗を受ける粒子の大きさが小さいときは,空気抵抗の場合と同様に,抵抗力の大きさが相対速度に比例する(特殊相対論的にちゃんと扱うと,それほど単純ではないが).しかし,光帆のような大きな物体の場合に輻射抵抗がどうなるかは,実はよくわかっていない.
 輻射場のエネルギーとか慣性がしっくりこないなら,座標系を変えて眺めてみるといいかもしれない.すなわち,(光子)全体としては運動量をもっていない光子に満ちた領域を粒子が運動しているとき(図2b),座標系を静止系(実験室系)から運動系(粒子系)にガリレイ変換してみる(図2c:ローレンツ変換まで持ち出さなくても,とりあえず,ガリレイ変換で十分).そうすると,静止した粒子に向かって,(粒子の進行方向)前方から光子が全体として押し寄せてくることになるので,粒子は輻射圧によって後方に押しやられることになる.そして運動系で後方に動くことは,もとの静止系で見れば,(抵抗によって)運動が減速されることに等しい.この座標系の変換という目でみれば,輻射抵抗の原因は,実は「光行差」に他ならないことがわかる.
 ちなみに,相対論的速度にまで加速されたプラズマや光帆に対する輻射抵抗の影響こそ,最近の研究のテーマだが7)8),ダストに対する輻射抵抗の効果は,ポインティング・ロバートソン効果として,今世紀初頭から知られていたことである9)10).新しく誕生した原始星の周辺の原始惑星系星雲などでは,ガスの温度が非常に低いので,ガスは中性状態や分子状態になっている.ガスは電離していないので,電子と光子の直接の相互作用(電子散乱,コンプトン散乱)による輻射抵抗は働かない.しかし,ガス中に含まれるミクロンサイズのダストは,輻射場の影響を強く受ける.中心星のまわりのガス円盤中で円運動している固体微粒子を思い浮かべて欲しい.固体微粒子は星からの放射を吸収する一方,光を吸収して暖められた結果,赤外線を放射する.このとき,固体微粒子が吸収する光は,中心星から放射されたものなので,角運動量をもっていない.しかし,固体微粒子は中心星のまわりを回転しているから,固体微粒子から(あらゆる方向に)放射される赤外線は,固体微粒子と同じだけの角運動量をもっている.すなわち,この吸収−再放射の過程で,差し引きとして,固体微粒子の角運動量を放射が持ち去り,その結果,固体微粒子は中心星に向かって螺旋状に落ち込んでいく.これが「ポインティング・ロバートソン効果」である.実際,がか座β星などでは,中心星のまわりにダストの円盤が発見されているが,ダストの密度が中心で急激に減少しており,その原因は,このポインティング・ロバートソン効果ではないかと疑われている.
 
(3)最終速度
 もう一つだけ対比させよう.
 ◇初等力学のテキストにはたいてい書いてあるが,地球などの重力場中で落下する雨滴の運動を思い浮かべて欲しい.風などのない理想的な状態で,雨滴ははじめのうちは重力に引かれて落下し,その速度は落体運動の法則そのままに,どんどん加速する.しかし空気中では速度に比例する抵抗が働くために,速度が大きくなると,やがて重力と空気抵抗が釣り合ってしまう.その結果,雨滴に働く力の総和が0になるため,雨滴の落下速度は一定の速度になって落ち着く.このときの速度を,雨滴の「最終速度」とか「終末速度」とかいう.
 ◆では,光子からなる輻射場の場合はどうだろう? そう,やっぱり最終速度というものが存在するのである.そのような最終速度の存在と,その値がいくらになるかが,今回のテーマである.
 
 なお,光に満ちた空間内を運動するときに輻射抵抗によって運動速度が頭打ちになることを,いわゆる“音の壁”になぞらえて,ここでは【光の壁】(photon wall)と呼ぶことにしたい(光速の壁ではない).
 さてここまでは定性的で物理的な話である.以下では,これらの話を数式を用いて定量的に評価するが,結果だけ知りたいなら,6節(次回)へ跳んで欲しい.
 
3.輻射場の計算
 
 輻射場によって加速される運動を定量的に考えるためには,光源のまわりの空間の各点での輻射場の値が必要になる(◇空気中での運動の例で言えば,いろいろな場所での風向風速が欲しい.いわば,天気図が必要なわけだ.).ジェットに沿った運動の場合は,少なくとも,ジェットの軸に沿った輻射場の値を求めなければならない.ところが,光源には,星のように点状(球対称)の場合や,降着円盤のように円盤状(軸対称)の場合など,いろいろな形状がある.そしてもちろん,光源のまわりの輻射場の様子は,光源の形状や性質によって異なる.そこで以下では,点光源,平面光源,標準降着円盤など,いろいろな光源について,輻射場の値を求めておこう.
 
3.0.光線と光束と定義
 輻射場では,一個一個の光子ではなく,多数の光子の集まりを統計的に扱う.このとき,ある単位面積を通って,ある方向に,単位時間単位立体角当たりに流れていく輻射エネルギーを「輻射強度」とか「輝度」と呼ぶ(ふつうはさらに単位振動数当たりで考えるが,ここでは簡単のために,全波長域にわたって積分した量で扱う).輻射強度というと難しそうだが,平たく言えば,【光線】のことである.輻射場では,この輻射強度が一番基本的な物理量で,輻射エネルギー密度,輻射流束ベクトル,輻射ストレステンソルなどは,すべてこの輻射強度から導かれる.たとえば,ある単位面積をいろいろな方向に貫く光線をすべて寄せ集め,その単位面積に垂直な方向に単位時間当たりに流れる輻射エネルギーが「輻射流束」だ.輻射流束は,平たく言えば,【光束】のことである.
 光線と光束の違いは,光線はどこまで行っても光線だが(輝度不変の原理),光束は光線を束ねたものなので,光線が拡がっていけば光束の強さは弱くなっていくことだ.これが,光源から遠方では,光源の輝度自体は変わらないが,いわゆる明るさが弱くなる原理である.
 輻射場を表す物理量である,輻射エネルギー密度,輻射流束ベクトル,輻射ストレステンソルの定義は,式(1)−(3)にまとめておく.一言でいえば,式(1)で定義される輻射エネルギー密度は,光源のさまざまな場所からやってくる光線(輻射強度)をすべて足し合わせて(積分して),エネルギーの単位にするために光速で割ったものである.積分は,観測点からみえる光源の表面全体にわたって実行する.また式(2)で定義される輻射流束ベクトル(のi方向の成分)は,光線そのものではなく,光線に式(4)で定義される観測点と光源表面の場所との間の方向余弦をかけたもの,すなわち光線のi方向の成分について足し合わせたもので,そのi方向に流れる輻射エネルギーを表す.さらに式(3)で定義される輻射ストレステンソル(のik成分)は,光線に方向余弦を2つかけて足しあわせたもので,i方向とk方向の間の応力を表す.これらも積分は光源全体にわたって実行する.
 より詳細な説明は,文献11,12などを参考にして欲しい.
 
3.1.点光源の場合
 具体的に点光源について実践してみよう.もちろん点光源といっても,現実の光源には必ず大きさがある.ここでいう点光源とは,光源自体は星のような球状の光源だが,十分離れているために,点状とみなせる,という意味である.ここでは星を念頭におき,表面輝度Iで光っている半径Rの光源から,距離rの場所での輻射場の諸量を計算してみる(図3).このとき星の表面の微小要素dSから観測点Pに向けた方向余弦と,観測点Pから微小要素dSを見込む立体角は,式(6)と式(7)のようになる.
図3
 
 積分を実行する際に,角度方向に関する積分領域は,0≦θ≦θ,0≦φ≦2πである(θは観測点からみた,星の中心方向と星の縁すれすれの方向のなす角度).また,表面輝度がIなら,単位面積から放射される輻射流束はπIになり,さらに星全体から毎秒放射される輻射エネルギーは4πRπIとなる.これが星の光度Lにほかならない.
 これらを用いると,輻射場の各成分は,式(8)から式(17)のように計算される.結果をまとめると,輻射エネルギー密度E,半径方向の輻射流束F,輻射ストレステンソルのrr成分Prrは,中心から十分遠方で,それぞれ,
     1  L   F
   E = - ----- = -        (8)
     c 4πr  c
       L
   F = -----           (9)
      4πr
      1  L
   Prr = - ----- = E       (12)
      c 4πr
となる.
 
3.2.無限に広がった平面光源の場合
 つぎに,一様の輝度で無限に拡がった平面が光源の場合を考えてみよう.現実にはそのような光源は存在しないが,たとえば降着円盤の表面のすぐ近くでは,そういう状況に比較的近い.そこで,表面輝度Iで一様に光っている平面光源から,高さzの場所での輻射場の諸量を計算してみる(図4).このとき平面上の微小要素dSと観測点Pの間の方向余弦と,観測点Pから微小要素dSを見込む立体角は,式(18)と式(19)のようになる.
図4
 
 積分を実行する際に,角度方向に関する積分領域は,0≦θ≦π/2,0≦φ≦2πである.また表面が温度Tの黒体輻射を放射しているならば,ステファン・ボルツマンの法則より(ステファン・ボルツマンの定数をσとして),πI=σTとなる(以下の議論は,黒体輻射でなくても構わない).
 これらを用いると,輻射場の各成分は,式(20)から式(29)のように計算される.結果をまとめると,輻射エネルギー密度E,鉛直方向の輻射流束F,輻射ストレステンソルの対角成分は,それぞれ,
     2πI  2
   E = ---- = - F        (20)
      c   c
   F = πI           (21)
            2πI  1
   Prr = Pφφ = Pzz = ---- = - E
             3c  3
            (24,27,29)
となる.
 
3.3.標準降着円盤の場合
 質量がMの中心天体のまわりに質量降着率Mでガスが降り注ぐときに形成される,ケプラー回転していて幾何学的に薄く光学的に厚い降着円盤を「標準降着円盤」と呼んでいる12).降着円盤の表面は温度Tの黒体輻射を放射しており,その温度分布は中心からの半径rの関数として解けていて,さらに降着円盤から放射される全輻射エネルギーすなわち降着円盤の光度Lもわかっている[式(30)−(32)].また降着円盤には内縁(半径rin)が存在する.このような標準降着円盤周辺の輻射場を与えておこう.
 
(a)円盤近傍近似
 観測点が降着円盤の表面のごく近傍にあるならば,近似的に,降着円盤は観測点の下方で無限に広がった平面光源とみなすことができる.これを「円盤近傍近似:near-disk approximation」と呼ぼう.このとき,輻射場の量は,標準降着円盤モデルの解を使えば,式(33)から式(36)のようになる.これは,前の3.2節で得られた解に,式(30)の黒体輻射の仮定を入れ,さらに式(31)の温度分布を具体的に代入して,最後に式(32)の降着円盤の光度を使って書き直しただけである.
 しかし,降着円盤光源は,平面光源と一つだけ定性的に異なる点がある.それは,降着円盤が中心天体のまわりを回転していることだ.そのため,降着円盤から放射される輻射場は,角運動量をもっている.言い換えれば,降着円盤の表面から放射された光子は,円盤と共に回転する系でみれば四方八方に放射されるのだが,静止系でみたときには円盤の回転方向に偏って放射されるようにみえる(まさに光行差のために).この降着円盤輻射場の角運動量のために,輻射流束ベクトルにはφ成分が生じる.降着円盤と共に回転する系では輻射流束ベクトルのφ成分は現れなくなるという物理的な議論から,この輻射流束ベクトルのφ成分を求めることができる.降着円盤がケプラー回転していて,光速に比べて速度があまり大きくない範囲では,降着円盤の(ケプラー)回転速度をv(半径rの関数)して,φ成分は式(37)のようになる.
 
(b)接続公式
 降着円盤は有限の大きさをもっているので,円盤の有効半径よりも十分遠方で,円盤の中心軸から傾斜角iの方向に位置する観測者にとっては,降着円盤は光度Ldの円盤光源とみなせる(図5).傾斜角が大きくなると降着円盤を縁の方からみることになって受け取る光の量は減るので,単純な点光源とは異なる.
図5
 
 このような十分遠方での輻射エネルギー密度は,近似的には式(38)のように表せる(以前の連載の結果も参照).一方,表面近傍での輻射エネルギー密度は式(33)のように表せた.そこで,表面近傍と遠方とをつなぐ表現(接続公式:briding formula)として,式(41)が得られる.式(41)は,表面近傍(z→0)では式(33)に近づき,遠方(z>>rin)では式(38)に近づく.もちろん,いろいろが形は選べるが,ここではできるだけ単純なものとして式(41)の形を選んだ.
 輻射流束ベクトルのr成分とz成分に対しては,表面近傍で式(34)または(35)に近づき,十分遠方では式(39)または(40)に近づく接続公式として,式(42)と式(44)を採用しよう.なお,r成分に対する式(42)の右辺の丸括弧の因子(1-4r/R)は,単純な接続からは出てこないが,数値計算の結果13)17)を考慮して付け加えたものである(あ,ここではじめて出てきたrは中心天体のシュバルツシルト半径である).
 同様にして,輻射ストレステンソルの対角成分の接続公式は,式(45)−(47)のように選ぶのが適当だと思う.なお,このとき,対角成分の和がエネルギー密度に等しくなるようにしてある(Prr+Pφφ+Pzz=E).
 最後に,輻射流束ベクトルのφ成分だが,先にも述べたように,降着円盤が回転しているために,円盤近傍では式(37)のような有意の値をもつ.一方,遠方では,φ成分は急激に減少するだろう.そこで,接続公式として,式(43)を採用しよう.ただし,上でも述べたが,接続公式の選び方には任意性があるので,ここで選んだ形が必ずしも適切だと言い切ることはできない.
 
(c)数値計算
 ここでは,問題をある程度は解析的に扱いたいので,上では近似式や接続公式を導いたが,もちろん定義にしたがって数値計算すれば,任意の場所での輻射場の諸量を得ることができる.具体的には,まず降着円盤の表面を微小な領域に分割し,降着円盤の上空の任意の観測点に対する,その微小部分の方向余弦や立体角を計算し,定義式の積分における微小部分の値を求めて,降着円盤の表面全体にわたって(積分する代わりに)各微小部分からの寄与を足し合わせていけば,その観測点の輻射量が計算できる.そして,降着円盤上空の多くのメッシュ点において同じことを繰り返せば,上空の任意の場所での輻射量が得られるわけだ.
 このような標準降着円盤の輻射場の数値計算は,降着円盤から吹く風の研究に関連して,Icke13)が輻射流束ベクトルのr成分とz成分をはじめて計算し,Tajima and Fukue17)がエネルギー密度や輻射ストレステンソルなどその他の成分を計算した.参考までに,エネルギー密度と輻射流束ベクトルの各成分を図6と図7に示す.
図6
 
図7
 
 
…以下次回
 
 
 
 
    Accretion Disk Civilization 4:
        Light Wall
 
Jun FUKUE
Astronomical Institute, Osaka Kyoiku University, Kashiwara, Osaka 582
e-mail:fukue@cc.osaka-kyoiku.ac.jp
 
Abstract:
  We examine the behavior of the objects
(plasma, dust, light sail), which are
driven by the intense radiation fields.
We qualitatively explain the radiative
acceleration, the radiation drag, and
the existence of the terminal speed.
We then obtain the radiative stress tensor
of various radiation fields, including
a point source, a infinit plane, and a
standard accretion disk.
  And to be continued.