93光帆.JXW 1993 1130-1208
98光壁.JXW 1997 0628-, 1998 0315, 0415, 0422
98光壁1.JXW 1998 0826, 0829
 
銀河中心核文明(降着円盤文明)その4(第2回)
マジックスピード
 
福江 純
<大阪教育大学 〒582-8582 大阪府柏原市旭ケ丘4-698-1>
e-mail:fukue@cc.osaka-kyoiku.ac.jp
 
きわめて強い光源による物体(プラズマ,塵,光帆)の駆動について解説する.今回は,光速の10%程度の比較的低速な場合と,一般の亜光速の場合に分けて,物体の運動や最終速度を考えてみる.これらの結果は,輻射圧で駆動される宇宙ジェットはもちろんのこと,ジェットに駆動される光帆の加速や,レーザー推進型宇宙船の加速へも適用できる.
 
 
 前回は,輻射圧による加速,輻射抵抗による加速の頭打ち,最終速度の存在について述べた.今回は,具体的な光源に対して,定量的な評価をしてみよう.
 
4.低速(0.1光速程度)光帆船の科学
 
 ではいよいよ,光帆の速度が比較的遅い(光速の10%程度)場合について,光帆の運動を解析してみよう.比較的低速な場合は,相対論の最低次の近似でいいので,以下みるように,式がかなり簡単になる一方で,速度が大きくなると数割程度の誤差が生じる.
 
4.1.低速時の運動方程式
 ポテンシャルφの重力場中で輻射によって駆動される物体(粒子や光帆船)の運動方程式は,物体の速度ベクトルをv,質量をm,光の流れに対する有効断面積をSとすると,v/cの一次までの近似範囲内で,式(48)のようの表すことができる.式(48)の右辺第一項が重力で,第二項の丸括弧が輻射に関する項だが,その一つ目が輻射圧の項,その他が輻射抵抗の項である.
 プラズマの場合には,質量mは陽子の質量であり,有効断面積Sは電子のトムソン散乱の断面積になる.一方,光帆船の場合には,質量はペイロードなども含んだ光帆の全質量であり,有効断面積は光帆の面積に(1+A)をかけたものとみなす.ここでAは光帆の反射能(アルベド)で,以前の連載4)−6)では,アルベドの項(1+A)はわけて書いていたが,今回は簡単のために,Sに繰り込んでおく.いずれにせよ,輻射抵抗を考慮したときも,光帆の運動方程式は粒子の運動方程式と同じ形で表されると“仮定”する.
 
4.2.点光源の場合
 具体的に点光源の場合について調べるために,式(48)を半径方向(一次元)について書いたのが,式(49)である.点光源の輻射場は,式(8)(9)(12)で求めたので,それらを代入して整理すると,式(50)になる.ここで,以前の連載と同じように,式(51)で光帆のライトネス数Γ(プラズマの場合は,中心天体のエディントン光度で規格化した中心天体の光度)を導入して整理した運動方程式が,式(52)である.
 さて,輻射抵抗を考慮しない場合だと,このライトネス数が1のときに,光帆にかかる重力と中心からの輻射圧が釣り合った状態になり,有効重力は0になる.輻射抵抗を入れると,式(52)の右辺の括弧内に存在する(輻射抵抗の項から出てきた)速度の項だけ異なる.が,式(52)の右辺が0になるときに,光帆にかかるネットな力が相殺するのは同じである.右辺が0になれば,光帆は等速度運動になり,そのときの速度が最終速度である.式(52)の右辺が0になる条件から,光帆の最終速度として,最終的に,式(53)が得られる(降着運動の場合に対して,同等の式は,文献7にある).
図8
 
 式(53)からわかるように,光帆の最終速度はライトネス数の関数である(図8).ライトネス数(ここでは外向きの加速を考えているので1以上とする)が大きくなれば,図からわかるように最終速度も大きくなる.そしてライトネス数が十分大きくなれば,最終速度は,
  v∞=0.5c
に近づく.
 ライトネス数は中心の天体の光度や光帆の材質などに依存するので,ライトネス数があまり大きくないときは,最終速度は材質などによって変化するが,ライトネス数が十分大きい極限で,最終速度は材質などに依存しないものになる.また最初の位置などにもよらない.
 もう一つ重要な点は,この最終速度が安定な速度だということだ.すなわち光帆の速度が最終速度より小さければ,光帆はだんだん加速されて最終速度に近づくし,逆に最終速度より大きいと,輻射抵抗のために減速されてやはり最終速度に近づくのだ(これについてはすぐ下を参照).
 
4.3.平面光源の場合
 つぎに平面光源だが,式(48)を鉛直方向(一次元)について書いたのが,式(54)である(平面光源では,重力の項は落としてある).平面光源の輻射場は,式(20)(23)(29)で求めたので,それらを代入して整理すると,式(55)が得られる(ライトネス数は出てこない).
 平面光源の場合の光帆の最終速度は,
  v∞=(3/8)c=0.375c
である.
 いま考えている状況では,あらゆる運動は最終速度に近づくことを示すために,実際に式(55)を数値的に解いてみた(図9).図の横軸は適当に無次元化した時間で,縦軸は光速を単位とした速度である.時刻0での初速度をいろいろ変えて運動を追っていったが,予想通り,時間が経つとすべて最終速度に近づいていくことがわかる.
図9
 
4.4.標準降着円盤の場合
 では,宇宙ジェットを駆動する光源の候補として,現実的に可能性の高い標準降着円盤の場合はどうなるだろうか? 標準降着円盤からの輻射圧で駆動されるプラズマ風については,専門的な論文に譲ることにして13)−17),ここでは光帆のジェットサーフィンを念頭において,軸上だけで考えよう.そうすると運動方程式は,中心天体の重力の項を入れて,式(57)になる.降着円盤の輻射場は,式(33)から式(47)まで,円盤近傍や遠方や接続公式などいろいろ求めたが,ここでは光帆がジェットサーフィンして遠方に加速されていく様子を調べたいので,軸上遠方だとすると,式(58)のようになる(じゃぁ,輻射場についてあれこれ求めたのは,あれは何だ,と言われると困るが,そこはまぁそれ).輻射場を代入して整理すると式(59)が得られ,さらに光帆の“有効”ライトネス数を式(60)のように定義すると,運動方程式として最終的に式(61)が得られる.
 さて,得られた式(61)を点光源の場合の式(52)と比べると,ライトネス数の定義こそ少し違うものの,見かけはまったく同じ形をしていることがわかる.その理由は,式(58)をみたらわかるように,降着円盤の輻射場が遠方では点光源の輻射場と似ているためだ.
 ということで,光源が標準降着円盤の場合に軸上で加速される光帆の最終速度は,形式的には点光源と同じく,式(62)となる(図8参照).また有効ライトネス数が十分大きくなれば,最終速度は,
  v∞=0.5c
に近づく.
 ・・・
 降着円盤からのプラズマ風についても,やっぱ,ちょびっとだけ紹介しておこう13)−17)
 図10は,降着円盤の表面で降着円盤と一緒に回転していた粒子が,表面から放出された後に,降着円盤の複雑な輻射場によって加速され吹き出していく様子を表したものである17).この計算では,輻射圧はもちろん輻射抵抗など輻射場の効果は,v/cの1次のオーダーまでの精度で完全に考慮してある.図10の上はライトネス数(エディントン光度で規格化した降着円盤の明るさ)が0.9の場合で,降着円盤が十分明るいので,降着円盤のほぼ全面にわたって輻射圧駆動風が吹くことができる.しかし,図10下(ライトネス数0.5)のように降着円盤の明るさが足りないと,当然ではあるが,粒子は停滞してしまい輻射圧で風を吹かすことは難しい.
 降着円盤の表面から放出された粒子が,輻射圧によって無限遠まで脱出できる条件<脱出条件>をまとめたのが,図11である.図11の横軸は降着円盤表面での粒子の初期半径で,縦軸はエディントン光度で規格化した降着円盤の光度である.
 もし輻射抵抗の効果を入れなければ破線より上のパラメータ範囲で脱出できるが,輻射抵抗の効果を考慮すると粒子の脱出条件は実線より上の領域になる.すなわち,予想されるように,輻射抵抗の効果によって粒子の加速が押さえられるため,降着円盤風が吹く条件は厳しくなる.
 
5.亜光速光帆船の科学
 
 定量的な値を導くために,一応,特殊相対論の範囲で一般的な場合についても扱っておく.話の流れは,低速の場合とまったく同じである.
 
5.1.亜光速時の運動方程式
 特殊相対論の効果をきちんと考慮すると,輻射によって駆動される物体(粒子や光帆船)の運動方程式は,物体の4元速度ベクトルをu,質量をm,光の流れに対する有効断面積をSとして,式(63)の形に書き表すことができる.ただしこの式で,τは物体の固有時間であり,またΓに添え字が3つもついた記号はリーマン・クリストッフェルの記号で,時空が曲がっている場合には重力の項も含むが,具体的な表式は省略する.さらに4元速度uは3次元速度vを使うと式(64)のように表すことができる.最後にγは,いわゆるローレンツ因子で,3次元速度の絶対値の2乗を使って,式(65)のように与えられる.空間が曲がっていると添え字の上付きとか下付きとかが面倒になるのだが,ここでは空間は平坦と仮定するので,添え字の位置はあまり気にしなくていい.
 この式(63)の右辺で,速度について2次の項を落とし,ローレンツ因子γも1にすると,低速の場合の式(48)に帰着する.そう思って式(63)を眺めたら,輻射圧の項とか輻射抵抗の項とかがオボロ気にみえるだろうか.
 
5.2.点光源の場合
 低速の場合と同じく,まず点光源について考えると,式(63)の半径方向の成分が式(66)である(それでなくても添え字が増えてきたので,速度の半径を表す添え字rは落とした).運動方程式を特殊相対論的にしても輻射場は変わらないので(光子自体がもともと相対論的な粒子だから),点光源の輻射場を式(66)に代入して整理すると式(67)になる(ローレンツ因子を上手にまとめあげるときれいになる).さらにライトネス数Γを使って整理し,最終的に式(68)が得られる.
 この式(68)の右辺が0になる条件から最終速度が得られるのは,低速の場合と同じ.低速の場合のように,最終速度はライトネス数の関数になっているが,ただし今度はライトネス数に関して陽に解くのが難しいので,式(69)のように最終速度の関数としてライトネス数を表しておく(図12).ライトネス数が十分大きくなれば,最終速度は,
  v∞=c
に近づく.
 他の性質なども定性的には低速の場合と同じである.また低速の場合と同様,標準降着円盤の場合の軸上の話も点光源と同じになる.
 
5.3.平面光源の場合
 平面光源のときは,式(63)の鉛直方向の成分が式(71)である(重力の項は落としてある).平面光源の輻射場を代入して整理すると,式(72)が得られる(ライトネス数は出てこない).
 速度の2乗の項を無視した低速の場合と異なって,式(72)の右辺を0と置くと,速度に関する2次方程式になり,その解のうち光速を超える解を捨てると,平面光源の場合の光帆の最終速度は,
     4−√7
  v∞= ------ c = 0.45c
      3
になる(低速の場合の3/8cすなわち0.375cよりは大きい).
 実際に式(72)も解いてみた(図13).やはり,時間が経つと最終速度に近づくことがわかる.
 
 いままで述べてきたことからわかるように,最終速度は物体の性質によらないので,たとえば平面状の光源という条件の下では,この最終速度の値はきわめて普遍的(ユニバーサル)なものである.宇宙ジェットの加速のメカニズムに関連して,輻射圧と輻射抵抗が釣り合った結果,このような普遍的な速度が現れることを最初に指摘した研究者は,この速度をマジックスピードと呼んでいる14)
 
6.まとめ
 
 以上までの解析をまとめると,自然の光源や人工のレーザーなどで光帆を加速しても,(星間媒質の問題はさておき)光速に近づくまでいくらでも加速できるというわけではない.光帆あるいはレーザー推進型の宇宙船には,最終速度(上限速度)−マジックスピード−が存在するのである.そこが光の壁なのだ.
 最終速度は,加速光源の輻射場の特徴だけで決まり,光帆の初期位置や初速度のような初期条件や,材質その他の性質によらない.同じ光源から加速された物体はどれも同じ最終速度まで加速されるのだ(重力場中での物体の落下と似ている).具体的には,点光源の場合,低速近似だとマジックスピードの値は0.5cだが,特殊相対論的にきちんと扱えば,点光源のマジックスピードは,
  v∞=c
まで上がる.一方,平面光源の場合,低速近似だと0.375cだが,特殊相対論的にきちんと扱うと,平面光源のマジックスピードは,
  v∞=0.45c
になる.
   ・・・
 とまぁ,以上が結論だが,光帆に対する運動を解析するための基本である運動方程式,式(48)や式(63),には,周囲の輻射場による抵抗の扱いに関して,少し気になる点が残っている.たしかに,プラズマ粒子に対しては,式(48)や式(63)は,それぞれの適用範囲内で正しい.しかし光帆に対しても,断面積などを対応するものに読み替えただけで,基本的な部分は粒子と同じように考えていいのだろうか.最初にも触れたように,空気中では,微小粒子に対する空気抵抗(ストークス抵抗)は速度に比例するが,物体のサイズが大きくなると動圧(風圧)が重要になるため,空気抵抗は速度の2乗に比例するようになる.光帆の場合も,光帆のサイズが重要なファクターになると,(最終速度が存在するという定性的な結論は変わらないかもしれないが)定量的にはここでの議論を修正しなければならないかもしれない.また類似の検討課題として,光帆の影の問題や,光帆の前面と後面でアルベドが違う場合などもある.そう考えると,定性的な結論はともかく,まだ研究の余地がたくさんありそうである.
   ・・・
 最後に,宇宙ジェットの輻射圧加速に関しても,一言だけコメントをしておきたい(もともと,ここでの話は,宇宙ジェットの加速に関する研究のスピンオフなのだが).
 実際の宇宙ジェット現象では,SS433ジェットのように光速の26%という(光速に比べれば)比較的低速のものもあるが,超光速現象で示されているような非常に光速に近いジェットも存在する.輻射抵抗によってジェットの加速が頭打ちされるのは,前者のSS433ジェットはともかく,後者のような光速に近いジェットにとっては具合が悪いことだ.それを回避する手段としては,以下のような方法が考えられるだろう.
・光源の分布:一様な明るさの平面光源では,0.45cまでしか加速できない.しかし,中心集中的な光源だと,もっと加速できる14)
・光源の形状:光源(降着円盤)が,標準降着円盤のように幾何学的に薄いものではなく,膨らんだ形状をしていれば,ジェットの加速(収束)にも都合がいいだろう.
・光学的に厚くする:光学的に薄いから,輻射抵抗とかがもろに効いてくる.光学的に厚くて,輻射とガスが一体となって振る舞うなら,また話は変わるだろう.
 そう,天文学的にも,輻射圧駆動ジェットのモデルは,まだまだ研究途上である.
   ・・・
 なお,本稿は,もともとは石原藤夫氏の主催する<ハードSF研究所>の『ハードSF研究所公報』(非公開)に掲載されたモノである18).今回『天文月報』に投稿するにあたっては,より天文学的な色彩を強めて書き直した.
 
         参考文献
 
1) G・ベンフォード,1996,荒れ狂う深淵(ハヤカワ文庫SF)
2) G・ベンフォード,1997,輝く永遠への航海(ハヤカワ文庫SF)
3) 福江 純,1993,宇宙ジェット(学習研究社)
4) 福江 純,1995,天文月報,88,199
5) 福江 純,1995,天文月報,88,244
6) 福江 純,1995,天文月報,88,291
7) Fukue J., Umemura, 1995, PASJ 47, 429
8) Kato S., Inagaki S., Fukue J., Mineshige S. (eds), 1996, Basic Physics of Accretion Disks (Gordon Breach, New York)
9) Poynting J.H., 1903, Phil. Trans. Roy. Soc. London, Ser.A, 202, 525
10) Robertson H.P., 1937, MNRAS 97, 423
11) 横尾武夫編,1993,新・宇宙を解く(恒星社厚生閣)
12) Kato S., Fukue J., Mineshige S., 1998, Black-Hole Accretion Disks (Kyoto University Press, Kyoto)
13) Icke V., 1980, AJ 85, 329
14) Icke V., 1989, A&A 216, 294
15) Fukue J., 1996, PASJ 48, 631
16) Tajima Y., Fukue J., 1996, PASJ 48, 529
17) Tajima Y., Fukue J., 1998, PASJ 50,
18) 福江 純,1998,ハードSF研究所公報,72,90
 
 
 
 
 
 
 
 
 
    Accretion Disk Civilization 4:
        Magic Speed
 
Jun FUKUE
Astronomical Institute, Osaka Kyoiku University, Kashiwara, Osaka 582
e-mail:fukue@cc.osaka-kyoiku.ac.jp
 
Abstract:
  We examine the behavior of the objects
(plasma, dust, light sail), which are
driven by the intense radiation fields.
We obtain the terminal speeds of the objects
in the slow speed case and in the high
speed case. These results are applicable
to astrophysical jets, light sails, and
laser-driven starships.