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よくある誤解
アインシュタインは宇宙項の導入に対して「最大の過ち」と言った?

アルベルト・アインシュタインが一般相対性理論の方程式に自ら宇宙項を導入したことに対し「人生で最大の過ちだった」と言ったことはジョージ・ガモフ (※) の著書のみで言及されており、長年、ガモフによる創作の可能性が高いとされていました。しかしいくつかの証拠によれば、実際にそのような発言をしたそうです。少なくともアインシュタインがそのような思いをいだいていたことは間違いないようです。

アインシュタインは、1905年に発表した特殊相対性理論に加速度系を含めてより一般化させた一般相対性理論を1915〜1916年にかけて発表しました。一般相対性理論の基礎方程式からは、宇宙の物質分布は静的にならないと予見されました。アインシュタイン自身は宇宙は静的だろうと考えていましたが、そのような宇宙を導くことができなかったため、1917年に出版した論文 (英語翻訳) で宇宙を静的に保つための宇宙項を基礎方程式へ追加しました。その後、ルメートルハッブルによって宇宙は膨張していることが観測的に明らかになり、アインシュタインは宇宙項を撤回しました。

なお科学的には根拠が薄弱であった宇宙項は形を変えて復活しつつあります。Ia型超新星を標準光源とする遠方銀河の距離と赤方偏移の測定から、宇宙の膨張速度は約60億年前になぜか加速を始めたことが判明しています。その加速をもたらすエネルギーがどのようなものかはいまだ正体不明ですが、とりあえず暗黒エネルギー (dark energy) と名付けられています。これが時間変化しない (エネルギー密度が空間の体積によらず一定となる) 性質を持っているならば宇宙項に相当すると考えられていますが、時間とともに変化している (宇宙項ではない) 可能性もあります。

(※) ガモフは、いち早く膨張宇宙論を支持し宇宙背景放射の存在を予言するなど重要な業績を多数のこしているだけでなく「不思議の国のトムキンス」や「1、2、3…無限大」などの科学啓蒙書の著作でも有名な、きわめて評価の高い理論物理学者です。その一方で、ラルフ・アルファとの共同研究によるビッグバン元素合成についての先駆的な論文を、著者名とその順序から「α・β・γ論文」と呼ばれるよう語呂合わせのためだけに友人の物理学者ハンス・ベーテを勝手に第2著者に加えるなど、かなりおもしろおかしい性格の持ち主として知られています。

松本 桂 (大阪教育大学 天文学研究室)