ジェットサーフィン
−光の壁−

山本弘『サイバーナイト 漂流・銀河中心星域』
&SNE『サイバーナイトII 地球帝国の野望』
■G・ベンフォード『荒れ狂う深淵』■
■G・ベンフォード『輝く永遠への航海』■

機械生命と有機生命の抗争する未来宇宙
主人公トビーたちは銀河系中心の砦へ逃げ込む
宇宙ジェットに沿って中心へと突入する

ジェットに伴う光の中で, 光帆はどこまで加速されるか?


■銀河の中心■

NGC4261


『サイバーナイト』


■1 ジェット・サーフィン■

<宇宙ジェット>
ブラックホールなど重力天体の近傍から吹き出し、 星間空間を貫いて細長く伸びる、 高エネルギープラズマの噴流のこと。 生まれたばかりの原始星周辺から吹き出す双極分子流、 特異連星SS433で発見された光速の26%ものジェット、 クェーサーなど活動銀河中心から吹き出す電波ジェットなどがある。

  1. MHD:磁場の力によって加速する方法。
  2. 光駆動:光の圧力で加速する方法。

高速のプラズマジェットの流れに乗って駆動する 【ジェット・サーフィン】を考えてみよう。

■2 光の壁■

 ◆多数の光子からなる輻射場中での光帆の運動
 ◇多数の分子からなる空気中での雨粒などの運動

(1)輻射圧による加速

 ◆中心の光源から放射された光子は、まずプラズマ中の電子に衝突して、 外向きに電子を押し、電子と陽子は正負の電荷によって引き合っているので、 陽子も電子に引きずられて動く。 結果的に、光子のもっていた外向きの運動量がプラズマに受け渡されて、 プラズマは外向きに加速し始める。
ダストや光帆も輻射圧で容易に加速される。

 ◇空気中の例でいうと、輻射圧によってプラズマが加速されるのは、 風で水蒸気や水滴が飛ばされるのに相当し、 また光帆の加速は、風で凧を上げるようなものだ。

(2)輻射場の抵抗

 ◇空気中では【空気抵抗】が存在する。 風が吹いていようがいまいが、空気分子の存在自体のために、 その質量によって慣性が生じ、空気中を運動する物体は、 速度ベクトルとは反対の方向に抵抗力を受ける。

 ◆空気抵抗に相当する輻射場の抵抗を 【輻射抵抗】という(図2b)。 多数の光子が存在すると空間には輻射場のエネルギーが満ちており、 エネルギーはやはり慣性をもつから、その中を運動する粒子は、 速度ベクトルとは反対方向に抵抗力を受ける。

光子に満ちた領域を粒子が運動しているとき(図2b)、 静止系(実験室系)から運動系(粒子系)に、 座標をガリレイ変換する(図2c)。 そうすると、静止した粒子に向かって、 前方から光子が全体として押し寄せてくることになるので、 粒子は輻射圧によって後方に押しやられることになる。
座標系の変換という目でみれば、輻射抵抗の原因は、 【光行差】にほかならない。 (亜光速で航行する宇宙船では、 真横からやってくる光は前方からやってくるようにみえる。)

(3)終端速度

 ◇地球などの重力場中で落下する雨滴は、 はじめのうちは重力に引かれて落下し加速する。 しかし空気中では速度に比例する抵抗が働くために、 速度が大きくなると、やがて重力と空気抵抗が釣り合い、 雨滴の落下速度は一定の速度になって落ち着く。 このときの速度が、雨滴の【終端速度】 (ターミナルベロシティ)である。

 ◆光子からなる輻射場の場合も終端速度が存在する。

■3 輻射場の計算■

■3.0 光線と光束

【輻射強度】or【輝度】: ある単位面積を通って、ある方向に、 単位時間単位立体角当たりに流れていく輻射エネルギー。 平たく言えば、【光線】のこと。
【輻射流束】: ある単位面積をいろいろな方向に貫く光線をすべて寄せ集め、 その単位面積に垂直な方向に単位時間当たりに流れる輻射エネルギー。 輻射流束は、平たく言えば、【光束】のこと。

■3.1 点光源の場合

表面輝度Iで光っている半径R*の光源から、 距離rの場所での輻射場の諸量を計算してみる(図3)。

■3.2 無限に広がった平面光源の場合

表面輝度Iで一様に光っている平面光源から、 高さzの場所での輻射場の諸量を計算してみる(図4)。

■4 低速(0.1光速程度)光帆船の科学■

■4.1 低速時の運動方程式

v:物体の速度ベクトル
m:物体の質量
S:光の流れに対する有効断面積
 v/cの一次までの近似範囲内で

■4.2 点光源の場合

光帆のライトネス数Γ (プラズマの場合は、中心天体のエディントン光度で規格化した、 中心天体の光度)を導入して整理した運動方程式が、式(52)である。

式(52)の右辺が0になれば、光帆は等速度運動になる。 そのときの速度が終端速度vである。

光帆の終端速度とライトネス数の関係(図6)

ライトネス数が十分大きくなれば、v→0.5c

終端速度は材質などに依存しない
終端速度は安定

■4.3 平面光源の場合

平面光源では、v→(3/8)c=0.375c

あらゆる運動は終端速度に近づく

■5 亜光速光帆船の科学■

■5.1 亜光速時の運動方程式

u:物体の4元速度ベクトル
m:物体の静止質量
S:光の流れに対する有効断面積
τ:物体の固有時間
Γijk:リーマン・クリストッフェルの記号
v:3次元速度
γ:ローレンツ因子

■5.2 点光源の場合

光帆の終端速度とライトネス数の関係(図8)

ライトネス数が十分大きくなれば、v→c

■5.3 平面光源の場合

平面光源では、v→(4−7)/3・c=0.45c

時間が経つと終端速度に近づく

終端速度は物体の性質によらないので、 平面状の光源という条件の下では、 この終端速度の値はきわめてユニバーサルなものである。

■6 まとめ■

自然の光源や人工のレーザーなどで光帆を加速しても、 (星間媒質の問題はさておき) 光速に近づくまでいくらでも加速できるというわけではない。 光帆あるいはレーザー推進型の宇宙船には、 終端速度(上限速度)が存在する (平面光源では v∞=0.45c)。

そこが“光の壁”なのだ。


参考文献

福江 純「銀河中心核文明(降着円盤文明)その1−降着円盤をめぐる惑星の居住環境−」HSFL公報、54、5(1994年)
福江 純「銀河中心核文明(降着円盤文明)その2−サンフックからフォトンフローターへ−」HSFL公報、55、9(1994年)
福江 純「銀河中心核文明(降着円盤文明)その3−ソーラーセールからフォトンサーファーへ−」HSFL公報、56、13(1994年)
G・ベンフォード『荒れ狂う深淵』ハヤカワ文庫SF
G・ベンフォード『輝く永遠への航海』ハヤカワ文庫SF
福江 純『宇宙ジェット』学習研究社
横尾武夫編『新・宇宙を解く』恒星社厚生閣
Fukue J., Umemura 1995, PASJ 47, 429
Fukue J. 1996, PASJ 48, 631
Icke V. 1980, AJ 85, 329
Icke V. 1989, A&A 216, 294
Poynting J.H. 1903, Phil. Trans. Roy. Soc. London, Ser.A, 202, 525
Robertson H.P. 1937, MNRAS 97, 423
Tajima Y. and Fukue J. 1996, PASJ 48, 529
Tajima Y. and Fukue J. 1998, PASJ submitted


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