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大阪教育大学を含む14か国の天文学者からなる国際共同研究グループは、ブレーザー (活動銀河核の一分類) のプロトタイプとして知られる「とかげ座BL」が2020年に観測史上最大級の規模で明るくなった際に、活動銀河核では稀にしか見られない変動現象である準周期的振動 (以降、quasi-periodic oscillation の頭文字を取りQPOと略記) を検出しました。
この現象は、とかげ座BLの中心部に存在する超巨大ブラックホールから吹くプ ラズマの相対論的ジェットの中で生じた、電流駆動型の磁気流体力学不安定性 の一種であるキンク不安定性に起因したものと考えられ、活動銀河核の増光がキンク不安定性によって引き起こされた事例を初めて発見したことになります。
今回の研究結果は、長らく議論の的になっていた、数日から数時間程度の時間スケールで生じるブレーザーの短時間QPOの発生機構について、駆動する主要な機構がプラズマの不安定性であることを支持しており、超巨大ブラックホールが引き起こす大規模な宇宙の活動現象の背後にひそむ物理学の解明につながる成果です。
この研究成果は2022年9月8日発行の科学誌『Nature』に掲載されました。
論文タイトル: Rapid Quasi-Periodic Oscillations in the Relativistic Jet
of BL Lacertae
論文DOI: 10.1038/s41586-022-05038-9
星の大集団である銀河の中心部には遍く、超巨大ブラックホールが存在すると考えられています。ブラックホールの周囲に大量の物質が供給されると、重力の井戸を螺旋回転しながら落下する物質が降着円盤を形成し莫大な重力エネルギーを解放するとともに、降着円盤の双極方向へ噴出するプラズマの高速流体 (相対論的ジェット) が激しい活動性を示すことから、そのような銀河の中心部は活動銀河核と呼ばれます。
相対論的ジェットの進行方向がたまたま地球へ向いている位置関係にある活動銀河核は「ブレーザー」と呼ばれます。ブレーザーではジェットが極めて明るく輝くために、銀河の姿はジェット由来の光に隠され、地球から見るとほぼ点光源となります。そのため一見、恒星と区別ができず、かつ明るさを激しく変えることから、かつては変光星と思われていました。
活動銀河核「とかげ座BL」はブレーザーの代表天体 (艦船でいうネームシップ) として知られており、ブレーザーは「とかげ座BL型天体」とも呼ばれます。名称の BL とは、とかげ座に属する89番目の変光星を意味する、星の命名規則に基づいた符号です。しかし、とかげ座BLの正体は星ではなく、地球から約10億光年の距離 (宇宙の膨張による赤方偏移は0.069) の楕円銀河の中心部に位置する、太陽の1億7000万倍の質量を持つ超巨大ブラックホールです。そこから最大で光速の99.8%におよぶ相対論的ジェットが地球へ向かって吹いています。
ブレーザーの研究を行う国際的な枠組みとして「全地球ブレーザー望遠鏡」(Whole Earth Blazar Telescope) が組織されています。日本からは大阪教育大学・天文学研究室が参加しており、我々はこれまでも多くのブレーザーについて、その枠組みの内外で研究成果をあげています。それらの研究成果については、大阪教育大学・天文台 (図1) のウェブサイトをご覧ください。
ブレーザーの明るさは、さまざまな時間スケールで激しく変動します。ほとんどの場合、それらの変動はランダムに生じますが、明るさの変化が準周期的振動 (以降、quasi-periodic oscillation の頭文字を取りQPOと略記します) となるブレーザーもあり、QPO はなんらかの系統的な変動現象の発生を示唆しています。変動の時間スケールとして数日〜数時間程度で生じる短時間QPOは特にめずらしく、その原因はいまだ議論の的となっています。
そのような背景のなか、大阪教育大学を含むボストン大学などからなる国際共同研究の過程において、とかげ座BLが2020年の7月20日頃に大規模な増光 (アウトバースト) を起こしました。そして全地球ブレーザー望遠鏡の37の天文台が明るさと偏光、またフェルミ天文衛星の広視野望遠鏡がガンマ線での集中的な観測を行いました。とかげ座BLのアウトバーストは10月17日頃まで継続し、その過程において8月21日と10月5日に観測史上で最大級の明るさを記録しました。またこの国際共同観測によって、アウトバーストの最も明るい時期において顕著な短時間変動が検出されました。特に最短で約13時間周期で生じる可視光、偏光、およびガンマ線のQPOの発生が明らかにされました (図2)。
QPOは天の川銀河内のX線連星でも観測されることがありますが、活動銀河核では稀な現象です。そしていずれにせよQPOが生じる原因はまだよくわかっていません。これまでにブレーザーを含む電波が強い活動銀河で観測されたQPOは1か月以上の時間スケールで起こり、相対論的ジェットやその磁場の螺旋構造に起因すると解釈されてきました。今回とかげ座BLで観測されたQPOでは、明るさと偏光度に相関がみられないことから、強い乱流に伴うものと示唆されます。また光は大きく偏光しており、明るさと偏光度は類似する時間スケールを示すことから、その起源は相対論的ジェットにあり、降着円盤起源の可能性は棄却されます。可視光とガンマ線の明るさの変動は強く相関し遅延が見られないことから、それらの発光源は共通であることが示唆されます。
可視光とガンマ線の観測に加え、アメリカ国立電波天文台の超長基線電波干渉計VLBAによる周波数 43 GHz の電波観測が行われ、およそ0.1ミリ秒角 (現地において0.13パーセク = 0.42光年の距離に相当) の解像度で撮像が行われました。その結果、とかげ座BLの相対論的ジェットの構造として静的な電波コアA0、およびいくつかの準静的な塊 (ノット) 成分A1〜A3が見られました (図3)。これらの成分は、相対論的ジェットとその周囲の圧力の違いに起因する斜め衝撃波の一連の流れと解釈されます。さらに、観測史上最速となる1年あたり3.32ミリ秒角 (光速の約15倍に相当する超光速運動) で動く別の明るいノット成分Kが見出されました (図3)。
この明るいノットKは、とかげ座BLの今回のアウトバーストが始まった2020年7月11日に電波コアA0を通過し、約2週間の間隔でノットA1〜A3を通過して行きました。特にアウトバースト期間における最初の最大光度時およびQPOが出現し始めた時に、内側から2番目のノットA2を通過しました。とかげ座BLの過去の観測からは、その相対論的ジェットは通常ローレンツ因子 Γ = 6、見込み角 θ = 5° となっていますが、今回観測されたノットKの超光速運動からは、2020年中旬には相対論的ジェットは Γ = 15 まで加速しており、θ も3.8° へ変化したことを示しています。その際には相対論的ジェットのドップラー因子 δ は9から15まで増大していました。
ノットKはアウトバーストの最初の最大光度時にノットA2を通過しました。このノットA2は中心の超巨大ブラックホールから約5パーセク (16.3光年) の距離に位置します。そこでは螺旋磁場によるプラズマの圧力が支配的であり、相対論的ジェットの内部で電流駆動型キンク不安定性が成長するのに適した物理的状況となっています (図4)。また実際に増光時のVLBAの電波画像にキンク不安定性の大きな捻じれが捉えられています。
すなわち、約13時間周期のQPOは最内縁ジェットの螺旋磁場を破壊するキンク不安定性によって引き起こされたと考えられます。これはランダムな過程で、アルベーン波が励起され斜め衝撃波の影響を受けているノットA2付近で生じました。アウトバーストの後半に現れた約4日周期のQPOも、時間とともに成長した捻じれの大きさの現れと説明できます。一方でアウトバーストの前半に現れた約2週間のQPOは、ノットKがノットA0からA3を次々に通過した際に引き起こされたと説明できます。これらの結論は、ブレーザーの短時間QPOを駆動する主要な機構がプラズマの不安定性であることを支持しています。
本研究はJSPS科研費JP19K03930の助成を受けたものです。
銀河の中心部に存在する106〜1010太陽質量の超巨大ブラックホールへの質量降着によって活動性を帯びた天体です。また回転しながら落下する物質が作る円盤構造 (降着円盤) に対し垂直方向へ細く絞られた相対論的速度のプラズマジェットが吹いています。活動銀河核の約0.1%は、視線方向から約10度以内に指向されたジェットに由来する激しい変動を示すブレーザーに分類されます。ブレーザーは活動銀河核の中でも電波放射が比較的強く、電波からX線にわたってジェット由来のシンクロトロン放射が卓越します。
厳密な定義はありませんが、おおよそ106太陽質量 (太陽質量の100万倍) を超えるようなブラックホールを指します。ブラックホールはその質量と大きさに正比例の関係があるため、重いブラックホールほど巨大であるといえます。なお専門用語としては超大質量ブラックホール (supermassive black hole) と呼ばれます。ブラックホールは観測的に、超巨大ブラックホールと、太陽質量の数倍から数十倍の恒星質量ブラックホール、およびそれらのギャップを埋める中間質量ブラックホールの3種に大別されます。降着円盤が付随する恒星質量ブラックホールや中性子星と普通の恒星との連星系はX線連星と呼ばれます。
光速に迫る速度で運動する光源から出た光を観測すると、相対性理論の時間と空間の短縮の効果が無視できなくなるため、観測者にとって光源の時間は実際より短く、長さは縮み、光の振動数 (エネルギー) は高くなったと感じます。ローレンツ因子とは、運動している側と静止している側での時間と空間の相違の度合いを表す指標です。これは相対的な運動速度 v によって決まり、光速 c に近くなるほど相違が著しく大きくなります。具体的には光速の何割の速度で運動しているかを示す値 β = v/c を用いて、Γ = 1/√(1-β2) と定義されます。相対運動がない場合 (v = 0) ではローレンツ因子は1となり、上記の相違は生じません。なお Γ は小文字で γ と書かれることもあります。
光源の運動が観測者へ向いている場合、ドップラー効果により光の振動数 ν は大きくなり、光のエネルギーは本来よりも高くなって観測されます。ドップラー効果の大きさは、光源との相対速度と、それをどのような角度 θ で見ているかに依存します。この度合いを示す指標がドップラー因子です。具体的にはローレンツ因子 Γ および光速の何割の速度で運動しているかを示す値 β (上記参照) を用いて、δ = 1/Γ (1 - βcosθ) = ν/ν0 と定義されます (νはドップラー効果を受けた振動数、ν0は本来の振動数)。
電流駆動型の磁気流体力学不安定性の一種です。プラズマの流れになんらかの理由で捻じれ(kink)が生じると、捻じれの曲率によって電流による磁場の強さが異なるためプラズマの捻じれがさらに大きく成長します。そのような特徴が名前の由来となっています。
松本 桂 (大阪教育大学 天文学研究室)