CTA 102
蛇行するブレーザーの相対論的ジェット
(イラスト: 中西星子)

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活動銀河の中心核が不規則に突然輝く理由を解明

大阪教育大学を含む、イタリアのトリノ天文台を中心とする研究グループは、2016年末〜2017年始にかけて史上最大の明さで突如輝きだしたブレーザー「CTA 102」を観測し、その中心に潜む超巨大ブラックホールから噴き出す相対論的ジェットがヘビのように蛇行しながら地球へ向いていることを世界で初めて解明しました (右イメージイラスト)。 活動銀河核の一種であるブレーザーは、物理的な常識では考えられないほど激しい明るさの変化を起こしますが、今回の研究により超巨大ブラックホールから噴射される蛇行するジェットを考えることで最も自然に説明できることを示しました。 これまでには、ジェット内部の物理的状態変化などの考えも提案されていまし たが、恣意的な物理パラメータの選択が必要、あるいは長期的な活動性を普遍的に説明することが難しい、など決め手を欠いていました。

この研究成果は英国科学誌『Nature』において、日本時間2017年12月5日に先行電子版で公開されました (論文DOI: 10.1038/nature24623)。 また12月21日に Nature 本誌で出版されました。

今回の研究対象である CTA 102 はかつて、高度な宇宙文明からの電波信号ではないかと疑われたことがありました。そのためアメリカのロックバンドの曲の題材に使われたこともあります。下記ではこの点についても簡単に紹介しています。

ブレーザーの研究の背景

図1
図1: 大阪教育大学天文台

地球が属する天の川銀河も含め、星の大集団である銀河の中心部には、超巨大ブラックホールが少なくとも一つ存在していると考えられています。このとき、ブラックホールの周辺に大量の物質が存在すると、それらが落下する際に顕著な活動性を示します。そのような銀河の中心部は活動銀河核と呼ばれます。 地球が属する天の川銀河は、現時点において活動銀河ではありません。

ブレーザーは活動銀河核のなかでも極めて明るく、また予測不能の急激な明るさの変化を示すことが特徴です。ブレーザーの強い輝きの理由は、超巨大ブラックホールから噴射される光速に迫るジェット (物質の高速噴流) が地球へ向いている位置関係にあるため、その相対論的効果による光度の増幅で説明されます。一方で、急激な明るさの変化がなぜ起こるのかについては様々な理論が提唱されており、議論が続いていました。ブレーザーの研究のための国際的な枠組みである「全地球ブレーザー望遠鏡」(Whole Earth Blazar Telescope; WEBT) が組織されており、日本からは大阪教育大学 (図1) も参加しています。

活動銀河核 CTA 102 とは

図5

今回の研究対象である CTA 102 は、ブレーザーに分類される活動銀河核です。 ブレーザーはさらに「フラットスペクトル電波クエーサー」と「とかげ座BL型天体」に細分類されることがありますが、CTA 102 は前者に分類されます。 宇宙の膨張による赤方偏移は1.037で、共動距離に換算すると地球からおよそ110億光年に位置していることになります (ただし距離は採用する宇宙論パラメータにより変わります)。 この天体は元々、カリフォルニア工科大学 (Caltech) Owens Valley 電波天文台の周波数 90 MHz の掃天観測によって電波源として発見されました。 Caltech のリストA (電波源カタログ第1版) の102番目に記載された天体という意味です。

旧ソ連の天文学者ニコライ・カルダシェフは、CTA 102 からの電波放射の (当時までに知られていたものとしては) 不自然な特性に着目し、高度な地球外文明から送られている電波信号かもしれないと提案しました (Kardashev, 1964年, Soviet Astronomy 第8巻, 217頁)。 カルダシェフは、同論文で提唱した宇宙文明の発展度を示す尺度「カルダシェフ・スケール」でも知られています。そして後に CTA 102 からの電波強度が変動していることが判明したことにより (Sholomitsky, 1965年, IBVS 第83号)、世界的な反響を呼んだそうです。 ただし、これはまだ活動銀河核の理解が今ほど得られていなかった時代のお話です。 その後、パロマー天文台の観測などによって CTA 102 は遠方宇宙の活動銀河核と判明し、地球外文明説は棄却されました。 そのため CTA 102 は、ジョスリン・ベルによって史上最初に発見され、やはり地球外文明からの信号と誤認されたパルサー PSR J1921+2153 (当初 Little Green Man を意味する LGM-1 と命名) と並んで、地球外文明探査 (SETI) における二大誤認といわれています。

ちなみに、アメリカのロックバンドであるバーズ (The Byrds) が1967年に発表したアルバム「Younger Than Yesterday」の3曲目に「C.T.A.-102」という曲が収録されていますが、これはまさしく地球外文明からの信号と誤認された CTA 102 を題材としたものです。

今回の研究成果

CTA 102 は2012年の小規模な増光の後、長らく静穏期にありました。ところが2016年に入ると徐々に活動性を帯び出し、同年10月に大増光を始めました。そして同年12月28日に最も明るくなった際は、静穏期に比べ6等級(250倍)以上も明るくなりました(図2)。これは同天体の観測史上最大の明るさでした。さらに、この明るさは地球からの距離を加味した元々の明るさの比較でいえば、これまでに知られていたブレーザーの光度の記録(ビーミング補正前)を抜いた新記録となりました。

図2
図2: WEBTの観測による CTA 102 の大増光の様子(2015年から2017年初頭までの明るさの変化)。縦軸は可視光の明るさを表し、上ほど明るく下ほど暗いことを示しています。横軸は時間の経過を表します。上の横軸に西暦を記載しています(たとえば2017.0は2017年1月1日)。CTA 102 は2016年末に、2015年半ば頃に比べ250倍以上も明るくなりました。今回の観測で、大阪教育大学天文台は可視光の観測を2016年12月から2017年2月までの間に計24夜行い、大増光の時期のデータ収集に大きな貢献をしました。

その結果、2012年の小規模な増光では光が電波より先に明るくなった一方で、2016年の大規模な増光では逆に電波が先に明るくなったことがわかりました。また2008年〜2009年の期間には電波で明るい状態が続いていましたが、光では静穏な状態が続いていました。このような電磁波の振動数に対する複雑な相関関係は、CTA 102 の非熱的放射が振動数によってジェットの異なる領域から放射されていることを示唆します。その原因をジェットそのものの物理状態の違いに求めようとすると、それぞれの観測時期によって極めて大きく変化する物理パラメータを選択する必要があります。そのため、CTA 102 の長期的な光度変化は地球からのジェットの見え方が変化したからだと解釈する方が論理的に適切です。

このアイデアを検証するために、ジェットを見込む角度がどのように変化したかを推定しました。 CTA 102 の光度変化は、全体的に明るい時期ほど激しくなる、すなわちより短時間で大きな振幅の変化になることが長期的な観測結果からわかりました(図3のa)。 これは、ドップラー因子の変化よる相対論的効果が、観測される光度(増幅される)・時間スケール(短縮される)・振動数(高くなる)へ影響を与えていると解釈できます。 これらの効果をもたらすローレンツ変換を補正するため、長期の明るさの傾向からジェットのドップラー因子の最小値をモデルによって決め、ローレンツ変換に対し不変である相対論的不変量(観測される明るさと観測周波数を用いた数値)を用い、様々な観測時期におけるドップラー因子を推定しました(図3のd)。 このドップラー因子の値は、(1) ローレンツ因子および (2) ジェットを見込む角度に対して依存性があります。 (1) ローレンツ因子をジェット中の場所あるいは時間とともに変化させることは原理的には可能なのですが、CTA 102 の激しい明るさの変化を説明するためにはジェット中の異なる場所での大幅な加速や減速を必要とします。 したがって、ドップラー因子の変化は (2) ジェットの方向が変化したことが原因であると解釈する方が自然です。

図3
図3: (a, b, c) WEBTの観測による CTA 102 のジェットに由来する明るさの長期的な変化の様子。横軸は時間の経過を表します。上の横軸に西暦を記載しています。縦軸の単位のJy(ジャンスキー)は明るさを表し、1 Jy = 10-26 W m-2 Hz-1と定義されます(mJyはその1/1000)。図中の9本の縦線は今回の研究においてスペクトルエネルギー分布の分析に使われた時期を示しています。(d) CTA 102 のジェットにおけるドップラー因子の時間変化。相対論的効果による光の増幅や時間の短縮の度合いを示します。(e)ドップラー因子から推定される、地球からジェットを見込む角度の時間変化。(f)観測された可視光の明るさからドップラービーミングの効果による増幅の影響を取り除いた明るさの時間変化。d〜fについては末尾の用語解説も参考にしてください。

このような解釈を前提として、ドップラー因子の時間変化からジェットを見込む角度を推定できます(図3 e)。それによると、図3 a〜cのいずれの波長域でもジェットを見込む角度が小さくなるほど明るさが増大していることがわかります。また、観測された明るさからその効果を補正することができます。つまり、仮にジェットの見込み角が時間によって変化しない場合にどのような明るさで観測されるかを知ることができます(図3 f)。その残差は、CTA 102 が示す比較的短時間の変光現象に相当しますが、その範囲は全観測期間にわたってせいぜい2倍以内に収まっており、元々600倍あった残差(図3 a)に比べれば有意に小さい、つまりジェット内での激しい活動性は大きくないことを示しています。

今回の研究のまとめ

以上のシナリオは、様々な振動数で観測される CTA 102 の明るさはジェットの別々の領域に由来している(すなわち非均一である)こと、またその見込み角が時間とともに変化していることを示しています。これにより前述の、光と電波の増光時期に違いが生じる複雑な相関関係も説明できます。CTA 102 のジェットはヘビのように蛇行しており、ジェットの噴流は場所ごとに様々な方向へ向きます。それらのうち、地球へ向いた部分で卓越する放射が地球では明るく見えることになります(図4)。

図41
図4: 今回の研究で提案された CTA 102 の蛇行するジェットの模式図。光や電波などの電磁波は振動数によってジェットの異なる場所から放射されています。ジェットの曲がりによって、ジェット中の様々な場所が別々の方向へ向きます。また、それぞれの場所の放射はそれぞれの方向に対しドップラー因子に応じて増幅されます。このようなジェットを地球から観測すると、光や電波などは異なる時期に増幅されて届くことになり、電磁波の種類によって明るくなる時期に時差が生じることになります。

用語解説

超巨大ブラックホール

厳密な定義ではありませんが太陽質量のおよそ100万倍を超えるようなブラックホールを指します。ブラックホールはその質量と大きさに正比例の関係があるため、重たいブラックホールほど巨大であるといえます。専門用語としては超大質量ブラックホール(supermassive black hole)と呼ばれます。

ブレーザー

活動銀河核の一種で、他の活動銀河核と同様に、銀河中心の超巨大ブラックホールへ落下する大量の物質から解放される重力エネルギーにより活動性を帯びます。また、落下物質が形成する降着円盤面の垂直方向へ細く絞られたジェットが吹いています。ブレーザーは活動銀河核の中でも電波放射が比較的強く、電波からX線にわたってジェット由来のシンクロトロン放射が卓越しています。また可視光域で激しい変光を示し、スペクトルの輝線が弱いかほとんど検出されません。このような特徴から、ブレーザーは活動銀河核のなかでもジェットがたまたま地球へ向いている位置関係にあるものと考えらえています。

ローレンツ因子

光速に迫る速度で運動している光源から出た光を観測すると、相対性理論による時間と空間の短縮の効果が無視できなくなるために、観測者にとっては光源の時間が実際より短く感じ、長さは縮んだと感じ、光の振動数(エネルギー)は高くなったと感じます。この現象はオランダの物理学者ヘンドリック・ローレンツにちなみ、ローレンツ変換と呼ばれます。ローレンツ因子とは、ローレンツ変換において運動している側と静止している側での時間と空間の相違の度合いを表す指標です。この度合いは運動速度 v によって決まり、また光速 c に近くなるほど相違が著しく大きくなります。具体的には、光速の何割の速度で運動しているかを示す値 β = v/c を用いて、 Γ = 1/√(1-β2) で定義されます。運動していない v = 0 の場合ローレンツ因子は1になり、その影響は生じません。なお、Γ(ガンマ)は小文字でγと書かれることもあります。

ドップラー因子(ビーミング因子とも)

運動している光源から出た光を静止した観測者から見ると、光の振動数と波長が本来の値からずれます。このような現象はドップラー効果と呼ばれます。光源の運動方向が観測者へ向いている場合、光の振動数が大きくなり、光のエネルギーが本来よりも高くなって観測されます。ドップラー効果の度合いは、光源の運動速度(より厳密にはお互いの相対速度)と、それをどのような角度θで見ているかに依存します。この度合いを表す指標がドップラー因子です。具体的にはローレンツ因子Γを用いて、 δ = 1/Γ(1-β cosθ) = ν/ν0 で定義されます(νはドップラー効果を受けた振動数、ν0は本来の振動数)。


松本 桂 (大阪教育大学 天文学研究室)