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変光星アルゴルの最古の記録?

Cairo Calendar
エジプト新王国・第19王朝・3代目ファラオのラムセス2世の時代に書かれた
『Cairo Calendar』において幸運の日と不運の日を予測している部分の原文.
左の四角で囲まれた象形文字は,ヒエログリフの「Horus」の綴り.
(Leitz C. Tagewählerei. Das Buch und verwandte Texte.
Wiesbaden, Germany: Harrassowitz; 1994. CC BY license)

アルゴルの固有名を持つペルセウス座β星は,ひとつの星にしか見えませんが,B8型主系列星の主星とK2型準巨星の伴星からなる食連星系です (※).食連星とは,地球から見込む公転軌道の角度などの条件を満たすことにより,連星系の2つの星が相互に隠しあう食 (eclipse) を起こすため,明るさが変化して見える変光星の一種です.日食時に日光が減少する太陽と同じ理屈です.アルゴルの場合,通常の明るさは実視等級でおよそ2.1等ですが,伴星が周期的に主星を隠すたびに3.4等まで暗くなります.

アルゴルが変光星であることは古くから知られていたようですが,その周期性を最初に見出したのは18世紀のジョン・グッドリックとされています.彼はいくつかの変光星を熱心に観測した結果,1783年にアルゴルの減光には2日と21時間の周期性があり,その原因として周期的な食,あるいは自転する星表面の黒点の可能性を提唱しました.また1784年には減光が繰り返される正確な周期は2日と20時間49分 (2.867日) であることを明らかにしました.実際にアルゴルが分光連星であること,したがって変光の原因が食であることは,19世紀末頃にようやく観測的に確かめられました.このような先駆的な功績により,一般的にはアルゴルの変光周期の発見者はグッドリックとされています.

しかしながら,アルゴルの変光の周期性は,はるか昔から知られていたとの説もあります.2015年に発表された論文によれば,古代エジプト人はアルゴルが明るさを変えること,およびその正確な周期を既に把握していたと考えられます.紀元前1244~1163年に書かれた Cairo Calendar No. 86637 の Book II (以降 CC と略記) において,古代エジプト人は天体現象と結びつけた幸運の日と不運の日を予測する暦を作成しました (右図).その記述を統計解析した結果によれば,CC における幸運の日の予測には2.85日の周期性があり,これはアルゴルの変光周期にほぼ一致しています.また CC の文中では,アルゴルはホルス神の顕現とされその神性と王性を表すとされますが,ホルス神の行動は2.85日で強い規則性を帯びておりアルゴルの変光現象の推移とも一致しているとされます.なお,CC では月の満ち欠けの29.6日周期が天国と地球の幸運の周期性として発見されており,こちらはセト神の行動に結びつけられてます.したがって,CC の記述には天体現象の推移やその周期性が反映されていると考えられています.また古代エジプト人にとってアルゴルや月が最も明るくなる時期は特に良い肯定的な意味を持っていたことも読み取られています.このような周期性や数値を他の理由で説明することは難しいとされ,もし事実であれば古代エジプト時代には既にアルゴルの変光周期は確立されていたことになります.

ちなみに,この星の固有名のアルゴル (Algol) は,アラビア語で悪魔を意味するアル・グール (Al Ghul) に由来するそうです.またペルセウス座の星座絵の意匠においては,ギリシャ神話の英雄ペルセウスが戦利品として持っている怪物メデューサの生首に位置しています.もしかすると,永遠不変であるはずと信じられていた天球の恒星が時に暗くなるアルゴルの性質は実は昔から知られており,そのような特徴から不気味な怪物に当てはめられたのかもしれません.

(※) アルゴルは食変光星のプロトタイプとされる割には,A7型の第3体が公転する3重連星系 (もしかすると5重連星系?) であること,またK型伴星がロッシュローブを満たした半分離型の質量移動連星系 (mass-transfer binary system) であること,さらに軽いK型伴星の方が重いB型主星より進化段階が進んでいるように見えるアルゴル・パラドクスなど,実はそれほど単純な連星系ではありません

松本 桂 (大阪教育大学 天文学研究室)
e-mail: katsura@cc.osaka-kyoiku.ac.jp