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英語の曜日の由来

ヘルメス オーディン
水曜の由来となった水星の象徴神 (左) とオーディン (右)

カレンダーで使われている7つの曜日は、7つの惑星とそれらを象徴する神々が1日を支配すると考えた古代都市バビロンの占星術の思想を発祥とします。ここでいう7つの惑星とは、有史以来知られていた裸眼で見える水星・金星・火星・木星・土星の5つに太陽と月を加えたものです。当時の天動説的世界観において宇宙の中心に存在する地球は、当然ながら惑星にはカウントされません。一方で太陽と月は星座の間を常に動く惑う星でした。そもそも惑星 (planet) とはギリシア語で「さまよう者」を意味するプラネテス (πλανήτης) に由来しており、当時と現在では言葉の意味が異なっていることに留意する必要があります。なお天王星と海王星は天体望遠鏡の発明以後に発見された惑星なので、18世紀以前には知られていませんでした。

曜日の考え方は、メソポタミア地方から各地へ伝播し、古代ギリシアでも各惑星と神話の神々とが対応しました。その対応関係は古代ローマにおいても、ギリシア神話の神々と同一視されたローマ神話の神々へそのまま受け継がれ、ローマにおけるラテン語の曜日の呼称が現在へとつながっています。ちなみに古代中国でも同様に7惑星から七曜の概念が生まれ、遣唐使の頃に日本へ伝来したそうです。

そして日本語の場合、曜日と惑星の対応関係はとても分かりやすい。日曜から土曜にかけて「太陽、月、火星、水星、木星、金星、土星」と対応していることは自明です (ただし曜日の順序は惑星の並びとは無関係になっています)。しかし言語によっては曜日と惑星の対応が分かりにくい場合もあります。その最たる例が英語です。

たとえばラテン語では、各曜日は、それぞれに対応する惑星を象徴するローマ神話の神々の名前を用いて、そのまんま「惑星の日」です。これが現在の曜日の呼称の起源となっています。そのため、ラテン語に由来するロマンス諸語においても分かりやすい名前の対応が見てとれます。ただし日曜と土曜はユダヤ教やキリスト教にまつわる言葉になっています。

(さらに余談) そもそもラテン語は、イタリア半島中部のラティウム地方で使われていた一地方言語にすぎなかったのですが、たまたまそこに所在したラテン人の都市国家ローマがのちに大帝国へ発展したことで、広範な地域における共通語となり、その結果フランス語やスペイン語などのロマンス諸語が派生することに繋がりました。なおラテン語は現在でもバチカンの公用語である他、社会や科学など様々な場面において伝統的価値観を有する言葉として使われ続けています。一例として学位の博士号は Ph.D. と表記しますが、これはラテン語の Philosophiae Doctor (英語での Doctor of Philosophy) のことで哲学博士を意味します。この場合、哲学とは古代ギリシア時代からの歴史的経緯にもとづき学術全般を指します。つまり博士号の持ち主は、たとえば私のように理学で取得したとしても、みんな哲学博士な訳です。

ところが現在の事実上の世界共通語といえる英語では、日曜 (Sunday) と月曜 (Monday) は良いとして、火・水・木・金 (Tuesday, Wednesday, Thursday, Friday) は惑星の名称とは全く関連がないように見えます。その理由は、英語の源流はラテン語ではなく、ドイツ語や北欧諸語と同様に、ヨーロッパ北方のゲルマン民族が使っていた言語だからです。彼らは古代ギリシアやローマの神話とは異なる独自の北欧神話を信奉していました。したがって曜日の呼称もまた、ローマの神々と対応関係にあるとされた北欧神話の神々の名前に由来しています。一方で、太陽と月を除いた現在の5惑星の名称はローマ神話の神々の名前に由来しています。そのため英語では、日曜と月曜は惑星名とすんなり対応するのに対し、その他の曜日は惑星名との間になんら関係性がないように見えることになります。ただしゲルマン諸語でも土曜だけはローマ神話のサトゥルヌスが語源となっています (同一視される神が北欧神話に存在しなかったからか?)。

下記がその対応表です (やや横長なのでPCの画面を推奨)。

7曜 7惑星 バビロニア神話の神 ギリシア神話の神 ローマ神話の神 ロマンス諸語 北欧神話の神 ゲルマン諸語
ラテン語 イタリア語 スペイン語 フランス語 英語 ノルウェー語 ドイツ語 オランダ語
日曜 Sun
太陽
Shamash シャマシュ
太陽神
正義と法の守護神
Helios ヘリオス
太陽神
Apollon アポロン
芸術の神、太陽神
Sol ソル
太陽神
Apollo アポロ
芸術の神、太陽神
dies Solis
ディエス ソリス
(太陽の日)
Domenica
ドメニカ
(主の日) *1
Domingo
ドミンゴ
(主の日) *1
Dimanche
ディマンシュ
(主の日) *1
Sól ソル
(古ノルド語形 Sun)
太陽の女神
太陽の運行を司る女神
Sunday
サンデイ
(ソルの日)
Søndag
スンダーグ
(ソルの日)
Sonntag
ゾンターク
(ソルの日)
Zondag
ゾンダッハ
(ソルの日)
月曜 Moon
Sin シン
月の神
暦を司る神
Selene セレーネ
月の女神
Artemis アルテミス
狩猟・純潔の女神
Luna ルナ
月の女神
Diana ディアナ
狩猟・純潔の女神
dies Lunae
ディエス ルナエ
(月の日)
Lunedì
ルネディ
(月の日)
Lunes
ルネス
(月の日)
Lundi
ランディ
(月の日)
Máni マニ
(古ノルド語形 Moon)
月の神
月の運行と満ち欠けを司る神
Monday
マンデイ
(マニの日)
Mandag
マンダーグ
(マニの日)
Monntag
モンターク
(マニの日)
Maandag
マーンダッハ
(マニの日)
火曜 Mars
火星
Nergal ネルガル
火星を象徴する神
戦争と死と疫病の神
冥界を司る神
Ares アレス
火星を象徴する神
戦神
狂乱と破壊の神
Mars マルス
火星を象徴する神
軍神
勇敢な戦士
dies Martis
ディエス マルティス
(火星の日)
Martedì
マルテディ
(火星の日)
Martes
マルテス
(火星の日)
Mardi
マルディ
(火星の日)
Tyr テュール
ゲルマン会議 Thing (Ding) の神
マルスと同一視される軍神
勇敢な神
Tuesday
チューズデイ
(テュールの日)
Tirsdag
ティーシュダーグ
(テュールの日)
Dienstag
ディーンスターク
(テュールの日)
Dinsdag
ディンスダッハ
(テュールの日)
水曜 Mercury
水星
Nabu ナブ
水星を象徴する神
知恵と書記の神
運命の石板の保持者
Hermes ヘルメス
水星を象徴する神
知恵の神、伝令神
死出の旅路の案内者
Mercurius メルクリウス
水星を象徴する神
知恵の神、伝令神
死出の旅路の案内者
dies Mercurii
ディエス メルクリ
(水星の日)
Mercoledì
メルコレディ
(水星の日)
Miércoles
ミェルコレス
(水星の日)
Mercredi
メルクルディ
(水星の日)
Odin オーディン
(古英語形 Wōden ウォーデン)
北欧神話の最高神
戦争と死の神、死者を導く神
Wednesday
ウェンズデイ
(オーディンの日)
Onsdag
オンスダーグ
(オーディンの日)
Mittwoch
ミットヴォッホ
(真ん中の日) *3
Woensdag
ヴンスダッハ
(オーディンの日)
木曜 Jupiter
木星
Marduk マルドゥク
木星を象徴する神
神々の指導者
世界と人間の創造主
Zeus ゼウス
木星を象徴する神
ギリシア神話の最高神
宇宙を支配する天空神
Jupiter ユピテル
木星を象徴する神
ローマ神話の最高神
雷を司る神、天空神
dies Iovis
ディエス ヨヴィス
(木星の日)
Giovedì
ジョヴェディ
(木星の日)
Jueves
フエベス
(木星の日)
Jeudi
ジュディ
(木星の日)
Thor トール
(古ドイツ語形 Donar ドンナ)
北欧神話最強の戦神
雷を司る神、農耕神
Thursday
サーズデイ
(トールの日)
Torsdag
トーシュダーグ
(トールの日)
Donnerstag
ドンナスターク
(トールの日)
Donderdag
ドンデルダッハ
(トールの日)
金曜 Venus
金星
Ishtar イシュタル
金星を象徴する神
愛と美と豊穣の女神
戦闘の女神
Aphrodite アフロディーテ
金星を象徴する神
愛と美の女神
繁殖と豊穣を司る女神
Venus ウェヌス
金星を象徴する神
愛と美の女神
明けの明星の輝き
dies Veneris
ディエス ウェネリス
(金星の日)
Venerdì
ヴェネルディ
(金星の日)
Viernes
ビェルネス
(金星の日)
Vendredi
ヴァンドルディ
(金星の日)
Frigg フリッグ
(Freyja フレイヤ 説もある)
愛と美と豊穣の女神
結婚と未来予知の女神
Friday
フライデイ
(フリッグの日)
Fredag
フレイダーグ
(フリッグの日)
Freitag
フライターク
(フリッグの日)
Vrijdag
フレイダッハ
(フリッグの日)
土曜 Saturn
土星
Ninurta ニヌルタ
土星を象徴する神
農業と狩猟の神
大地の神
Cronus クロノス
土星を象徴する神
農耕神
巨神族ティターンの長
Saturnus サトゥルヌス
土星を象徴する神
農耕神
時の神
dies Saturni
ディエス サトゥルニ
(土星の日)
Sabato
サバト
(安息日) *2
Sábado
サバド
(安息日) *2
Samedi
サムディ
(安息日) *2
Saturday
サタデイ
(サトゥルヌスの日)
Lørdag
ロールダーグ
(沐浴の日) *4
Samstag
ザムスターク
(安息日) *2
Zaterdag
ザータルダッハ
(サトゥルヌスの日)
*1 ラテン語の dies Dominicus (主の日) に由来
*2 ラテン語の Sabbatum (安息日) に由来
*3 ドイツ語では週の始まりは日曜だと明示されていることになります。
*4 かつて北欧の人々は1週間に1度、土曜日に沐浴をしていたことに由来するらしい。

松本 桂 (大阪教育大学 天文学研究室)