この9月20日から10月2日にかけて,
アメリカのプリンストン(大学)に行って来た.
目的は,お土産を買いに,じゃなくて,
プリンストン大学の天文学者ターナーTurner氏たちと
共同研究するためである.
プリンストンはアメリカの東海岸, ニューヨークとフィラデルフィアの中間付近に位置し, ニューヨークからは車で1時間半ほどの距離にある小都市だ (といっても,ぼくもおぼろげにしか場所を知らず, 実際に地図帳で位置を確かめたのは, プリンストンに行ってからだったりする). 人口は3万人ほどにすぎないが, プリンストン大学やプリンストン高等研究所などがある大学町として, 世界的にも有名な町である.
地図をみるとよくわかるように, プリンストンはプリンストン大学を中心とした学園都市で, 強いて言えば,つくば市にほんのちょっぴりだけ似ているかもしれないが (研究施設が中心なこととか,平地で車がいることなど), 環境的にはぜんぜん違う.
すなわちプリンストンでは, 林や菜の花畑など緑が広がる中, 玄関にポーチのあるコテージ風の民家や, コンドミニアムと呼ばれるアメリカ式の長屋, モールと呼ばれる郊外型の商店街, そして大学などの研究施設が点在している. とにかくアメリカ的にだだっ広い上に背の高い建物が少ないので, 車で走っていても目印がなく, 一体いまどこにいるのかよくわからないぐらいだ.
また大学構内も含め,いたるところでリスが遊びまわっていて (日本の野良猫に相当する?), 日本では信じられないような環境である.
同行者は,筑波大学の梅村U雅之氏と釣部T通くん, 京都大学の嶺重M慎氏の3人. U氏もM氏も海外慣れしているので, 後ろをついて行くだけの極楽モードだった (いや実際のところ,アメリカに関する旅行本はおろか 飛行機のチケットさえろくに見ずに出発した).
受け入れ側のターナー氏は以前からU氏の共同研究者だが, ぼく自身は5,6年前に宇宙論の国際会議ではじめて紹介され, 3,4年前に別の会議で来日したとき大阪で少しつき合った程度だった. 後者の時は,ターナー氏を交え5人くらいで大阪名物のタコヤキを食った後, (もうなくなってしまったが) 梅田にあったOldiesのライブハウスへ行ったところ, よく飲むし踊りまくるし,オイオイ…. 業界では著名な研究者なのだが,結構,変なオッサンだったりする. ちなみに上の写真の男の子は,ターナー氏の息子のダニー.
もともとは,U氏が代表者となり,
昨年と今年の2ヶ年にわたって実施されている,
日本学術振興会<日米科学協力事業>
“宇宙初期のブラックホール形成の物理過程”
てらゆうのが公式の目的である.
U氏と共同研究をやってきた関係で,
うん,いいよって,協力者になったのが,運の尽き.
よく聞けば,毎年,アメリカに行かなければ,ならないとか.
#じょーだんじゃない.なんで鉄の塊に乗らなあかんねん.
昨年度は渡米が3月だったので,入試がうんたらかんたら,
って,ごねて,行かなかったが,
今年はU氏とM氏の2人がかりで説得されて,
パスポート期限切れてるし,とか,忙しいし,とかごねたけど,
結局,大学院入試が終わり後期が始まる前の“一番忙しくない”時期を
設定されてしまった.
#でもそのくせひょっとしたら一番楽しんだかもしれない.
さて2週間弱の間にプリンストンで実際にやってきたことだが,
もう少し詳しく知りたい方は,お暇だったら,
プリンストン日誌や張り付けた写真を見たら,
遊んできただけみたいに思われるかも知れないので,
おまけとして,天文学的な成果についても簡単に書いておこう.
研究の背景1:クェーサー
非常に狭い領域から莫大なエネルギーを放射している天体が,
宇宙の彼方に存在していて,クェーサーと呼ばれている
(類似の天体を総称して活動銀河と呼んでいる).
クェーサーや活動銀河のエネルギーは,
単なる星のエネルギーでは説明ができない.
クェーサーなどの中心には巨大なブラックホールが存在すると推測されていて,
さらにその巨大ブラックホールの周辺に形成されたガス降着円盤が,
ブラックホールへ落下するガスのもっていた重力エネルギーの解放によって光り輝いている,
というのが現在の定説である(詳しくはトップページ参照).
しかし,
巨大ブラックホールの形成についてはまだ定説がない.
研究の背景2:輻射抵抗
日常の世界では光子力はほとんど無視できるが,
宇宙では必ずしもそうではない.
とくにガスがイオンと電子に電離したプラズマ状態になっていると,
電子は非常に軽いために光子(輻射)と衝突して
運動量やエネルギーが変化する
(そのような光子と自由電子の衝突はコンプトン散乱と呼ばれる).
このような光子と自由電子の相互作用のために,
多量の光子が飛び交っている空間内でガスが運動すると,
ちょうど空気中を運動する雨滴のように(空気→光子,雨滴→電子),
ガス(電子)は多数の光子から抵抗を受ける
(これを輻射抵抗とかコンプトン抵抗と呼んでいる).
ただし,従来の認識では,
輻射による力(例えば輻射圧)やコンプトン散乱は重要だが,
輻射抵抗自体が重要になる場面はあまりないと考えられてきた.
ところが最近,U氏らを中心とした研究で,
強い輻射場の中で電離したガスの円盤が回転していると,
輻射抵抗のために,円盤内のガスの回転の勢い(角運動量)が失われ,
その結果,ガスが中心に落下しやすくなることが突き止められた.
そしてその効果は,
宇宙背景放射の輻射場に浸された原始クェーサー中心のガス円盤や,
中心天体の強い輻射場に浸されたガス円盤に適用されて,大きな成功を収め,
輻射抵抗の重要性が認識され始めてきた.
研究の背景3:スターバースト銀河
#まだイントロだよう
一方,クェーサーなどとは“別”に,
銀河の中にはガスが多量に存在して,
星が大量に形成されている銀河があり,
爆発的(バースト)な割合で星が形成されることから,
スターバースト銀河と呼ばれている.
最近になって,(主に観測的な面から)
スターバースト銀河とクェーサーなど活動銀河とのつながりが
議論されるようになってきたが,
理論的な因果関係についてはまだ十分な説明がなかった.
そして…
今回の研究:輻射雪崩
スターバースト銀河などで爆発的に星が形成されると,
超新星爆発などによってまわりにガスに影響を与えたり,
明るくなったりすることは調べられていた.
しかし,従来まったく見落とされていたのが,
(スターバーストで大量に形成された)大質量星から発する大量の光が,
ガスに与える輻射抵抗の効果なのだ.
この点に注目したU氏は,
スターバースト領域の内部のガス(円盤)が,
周辺の星から降り注ぐ光によって角運動量を失い中心に落下することを
突き止め,そして,そのモデルを
<輻射雪崩 Radiative Avalanche
−スターバーストによって引き起こされた
活動銀河ブラックホールへの燃料補給−>と名付けた.
この輻射雪崩モデルが今回行ったの研究の中心部分である.
モデルの骨格は,U氏を中心にして夏休み中にすでに完成していたのであるが,
プリンストンではモデルのブラッシュアップや詰めを行ったり,
またM氏やTくんは平行して関連した問題を調べたりした.
さらに輻射雪崩モデルの観点から予想される
スターバースト=クェーサー関係について,
可能性や問題点をあぶり出したり,
ターナー氏からはマイクロ重力レンズ効果を用いた
観測的検証について提案を受け,具体的に検討するなど,
モデル全般にわたって集中的に議論してきたのである.
なお,おまけのおまけに,
降着円盤に関連して,天文以外の研究者向けに書いた解説記事から,