さらに,平均すれば約12年ごとに起こる OJ 287 の大増光では,(1) 増光の時期が厳密な周期性からずれていること,および (2) やや専門的な話ですが2回の極大において光の偏光度は低下する (熱的放射に変化する) ことが,過去130年間の光度曲線や1980年代以降の観測から明らかになりました. これらの問題に対してさまざまな理論的解釈が提案されましたが,その中で最も有力と考えられるのが以下に紹介する「歳差連星ブラックホール」モデルです.なぜなら OJ 287 の大増光の時期とその特徴をまとめて解決可能な,今のところ唯一の理論モデルだからです.上記の (1) を説明するためには単純な周期性を前提とするモデルは採用できません.またブレーザーの通常時の光源であるジェットは非熱的なシンクロトロン放射が卓越するので,(2) を説明するためにはジェットをなんらかの理由で増幅させるモデルは採用できません. OJ 287 の歳差連星ブラックホールモデル歳差連星ブラックホールモデルは1996年に発表され,それ以後の大増光の時期を事前に予測できた唯一の理論です.このモデルでは2つの超巨大ブラックホールで連星系を構成し,約12年に2回生じる熱的放射の短い増光を説明するために,大きい方のブラックホールの周囲に存在する降着円盤に,小さい方の衛星ブラックホールが1公転につき2度衝突すると考えます (図3).また増光時期のずれを説明するため公転軌道が大きく歳差 (近点移動 = precessing) していると考えます (表紙イラスト). 過去130年間の大増光の開始時期と,降着円盤での衝突のタイミングを整合できる軌道運動を計算することで,連星系のパラメータが決まります (表1).その際には,時空の引きずりや重力波放射など一般相対性理論の効果を考慮した近似項を加味してゆくポストニュートン近似と呼ばれる手法を用います.その結果,連星系の構成要素として太陽質量の約180億倍の重力源が存在しなければならないことや,ブラックホールのスピンパラメータなどが決まります.また衝突の前後に降着円盤から引き抜かれるガスの塊が熱制動放射によって明るく輝く「熱的フレア」により,12年に2回生じる増光の規模や放射の特性を説明できます.超巨大ブラックホールの質量やスピンをこれほどの高精度で観測的に推定できたのは史上初のことです. ところで,OJ 287 の連星ブラックホールを地球から見分けることは可能なのでしょうか? 現時点で最も視力が良い望遠鏡といえる Event Horizon Telescope (超長基線電波干渉計) によって,おとめ座銀河団の楕円銀河 M87 の中心部に存在する超巨大ブラックホールの影の画像が2019年4月10日に発表されました.このときの解像度は約20マイクロ秒角でした.OJ 287 の2つのブラックホールを見分けるには少なくとも10マイクロ秒角程度の空間分解能が必要と予測されますので,もう少し足りないようです.将来に期待です. |
(credit: Gary Poyner; 図中の文字を日本語に改変)
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松本 桂 (大阪教育大学 天文学研究室)