ブラックホールの無毛定理 (no-hair theorem)

一般相対性理論によって記述されるブラックホールは,その質量,電荷,角運動量の3つの要素でしか違いを区別できないとされています. これは,ブラックホールの唯一性定理 (uniqueness theorem) を援用した「無毛定理」(no-hair theorem) として知られています. 定常的 (時間変化しない) とみなせるブラックホールを遠方から観測する場合,量子力学的な観点はとりあえず考える必要は無く,これまで現実の宇宙で数多く見つかっているブラックホール候補天体は無毛定理を満たしていると想定されます. もし満たしていないと判明すれば,それは実はブラックホールに似て非なるなにかであるか,ブラックホールの理論や一般相対性理論が不完全である可能性が出てきます. ただし今のところ,そのようなことはないと観測的に検証されています (より詳しい解説).

ブラックホールの唯一性定理 (一意性定理とも) とは,4次元時空におけるブラックホール解はカー解のみであり, 電荷を持たない定常的で軸対称なブラックホールの外部場は質量と角運動量のみで一意に記述可能であるとする定理です. このような特徴が,ブラックホールは「毛」を持ちえない (black hole can have no "hair") と表現されたことで,ブラックホールの無毛定理 (脱毛定理とも) として知られるようになりました (ただ,脱毛定理はちょっとニュアンスが違うのではないかと個人的には思います. あるいは,恒星だったときは豊富にあった「毛」が重力崩壊しブラックホールとなった際に失われた,との意味を込めるのならありなのかなあ……. また大阪教育大学の福江純さん (いやまあ職場の上司なんですが)おばQ定理と呼ぼうと提唱しています). なお唯一性定理は5次元以上の高次元時空では成立しないと考えられています.

さて,このブラックホールには毛がないとの表現をもたらした原典はおそらく,Charles Misner,Kip Thorne,John Wheeler の共著で1973年に出版された『Gravitation』の876ページにあるコラム「A BLACK HOLE HAS NO "HAIR"」です. 元々は Wheeler の学生だった Jacob Bekenstein が最初に使い出した表現のようです.

下記の定理は,定常的なブラックホール ("平衡"状態へ落ち着いたブラックホール) の外部重力場および電磁場はその質量M,電荷Q,そして固有角運動量Sで一意に決められる,すなわちそのようなブラックホールは"毛"を持ちえない (他の独立した特徴を持たない) と意味することに近い.
  1. Stephen Hawking (1971b, 1972a): 定常的なブラックホールは球状の地平面を持ち,静的 (角運動量0) または軸対称である.
  2. Werner Israel (1967a, 1968): 球状の事象の地平面を持つ静的なブラックホールは,質量 M と電荷 Q で一意に決められる外部場を持つ.それは Q = 0 のときシュバルツシルト解,Q ≠ 0 のときライスナー・ノルドシュトルム解 (どちらも特殊な状況でのカー・ニューマン解) である.
  3. Brandon Carter (1970): 球状の事象の地平面を持つ電荷を持たない定常で軸対称なブラックホールは,質量 M と角運動量 S の2つのパラメータで一意に決められる外部重力場を持つことになる.それはカー解すなわち Q = 0 のときのカー・ニューマン解に限られる (唯一性定理)

このコラムは Google Books で読めます (というか『Gravitation』は2017年に再販されていて,電子書籍でも読めるようです.実物はぶ厚くて重い鈍器のようなハードカバーの書籍なのですが).


松本桂 (大阪教育大学 天文学研究室)
e-mail: katsura@cc.osaka-kyoiku.ac.jp